日別アーカイブ: 2008年7月25日

『雁』

オーストラリアの車窓を眺めながら、森鴎外『雁』(新潮文庫 1948)を読む。
東大医学部の優秀な模範的学生である岡田と高利貸の吉造の妾となったお玉のそれぞれの片思いの恋愛が描かれている。
お互い相手のことを強く意識しながらも、身分の違いや運命のすれ違いで、窓越しの会釈だけで成就することなく終わってしまった当時の恋愛事情が、上野の不忍の無縁坂を舞台に繰り広げられる。ちょうど鴎外自身が作中の第三者「僕」をして語らしめるように、片思いの二つの物語が同時に展開している完成度の高い作品となっている。

物語の一半は、親しく岡田に交わって見たのだが、他の一半は岡田が去った後に、図らずもお玉と相識になって聞いたのである。譬えば、実体鏡の下にある左右二枚の図を、一つの影像として視るように、前に見た事と後に聞いた事とを、照らし合わせて作ったのがこの物語である。

routemap_australia