日別アーカイブ: 2005年9月6日

『パン屋再襲撃』

村上春樹『パン屋再襲撃』(文藝春秋 1986)を読む。
表題作を含む6編の短編集で、どの作品にも起承転結はない。ただ、マスコミによって作り出される平凡な中流社会層のあるべき姿から外れていく異分子たる自己が一人称で語られるだけである。多忙を極める日常生活において、本来的には自己を取り戻せる場である家庭や職場すら、自分の居場所だと確信はできない。妻や恋人とセックスしている時だけ自分を確認できる人間喪失社会を逆説的に描く。セックスすらも自己確認の道具となりえない浮遊した若者を描く近年の文学作品に比べれば、春樹の作品は少しノスタルジーを感じる。