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『あたしのこと憶えてる?』

内田春菊短編集『あたしのこと憶えてる?』(新潮社 1997)を読む。
表題作の他、「小説新潮」や「小説現代」などに掲載された短編8編が収録されている。
表題作こそ普通の恋愛小説であったが、他の作品はひたすら女性視点でエロスと恋愛が描かれる官能小説となっている。
男性向けのエロ小説と違って、この場面で体を許すor許さない、許すからには次に何を求めるのか、といった女性ならではの駆け引きが随所で描かれる。
主人公とのセックスや変態プレイから離れられなくなってしまう恋人の姿が一様に哀れであった。

『讃岐路殺人事件』

内田康夫『讃岐路殺人事件』(角川文庫 1992)を読む。
バブル経済真っ盛りの1988年に出版された本で、瀬戸大橋開通後の香川県のリゾート開発に絡む利権を巡る殺人事件である。
いささか内容は陳腐であったが、瀬戸内海に突き出た荘内半島の浦島伝説をモチーフにしており、地図の上では楽しむことができた。

『シャカリキ!』

曽田正人原作、丹沢まなぶ『シャカリキ!』(小学館文庫 2008)を読む。
1992年から95年まで『週刊少年チャンピオン』に連載された曽田正人原作のコミック『シャカリキ』と、2008年に公開された同名映画の脚本を原案として、新たに書き下ろされたノベライズ作品となっている。
『弱虫ペダル』によく似た設定で、高校1年生の「坂バカ」少年の超人的活躍で、高校の自転車競技部の大会でライバルを蹴散らして優勝するという、勝負と友情と奇跡の物語である。
漫画の方も映画の方も見たことないのだが、映像がない中で自転車競技を描くというのはやはり難しい。作品の流れとしてはいまいちであった。しかし、ロードレースの醍醐味がチームプレイにあるという点は良く伝わって来た。

シャカリキ

『自転車ライディングブック』

関口和夫『自転車ライディングブック』(高橋書店 1988)を読む。
30年近く前の本であり、ロードバイクのライディグテクニックやメンテナンスよりも、この30年の間の自転車の技術革新の方がびっくりした。1980年代後半当時は、今や常識となったSTIレバーやVブレーキも当時は存在せず、ビンディングやクイックレリースも一般的ではなかったのだ。またヘルメットを被る習慣もなく、リムテープすらないのである。

ちょうど私がブリジストン社製のロードマンという自転車に乗って、小田急線の鶴川駅や相鉄線の三ツ境駅まで少しだけ遠出をしていた時期と重なる。芥川龍之介の「トロッコ」ではないが、無計画に自転車で遠くの町までやって来て、陽が沈みかけ、これから家まで帰るのかと自分に言い聞かせていた時の光景を少し思い出した。

ダウンチューブに備え付けられたシフトレバーの扱い方など、今ではありえないテクニックである。
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『ぼくたちはこうして会社を辞めて生きている』

中大サイクリング同好会OB『ぼくたちはこうして会社を辞めて生きている』(窓社 2000)を読む。
刊行当時37・8歳で、脱サラを経験した中大サイクリング同好会のOBたちが、会社員時代の経験や脱サラした当時の状況、現在の仕事について語る。タイトルにもある通り、会社を辞めるという人生の岐路を経ながらも、自分らしく、またより柔軟に時代の流れに乗りながら仕事を始めていく経緯がぽつぽつと綴られる。
興味深い一節があったので紹介しておきたい。

 サラリーマンには二つのタイプがあるように思う。
 ひとつは、流れにまかせて「寄らば大樹の陰」とばかりに給与所得者を選択もしくは継続する「会社員」的サラリーマンで、彼等は「個人の反語は会社である」と信じて疑わない人々である。
 もう一方は「個人の反語は社会である」との公理を理解したうえでそれでも給与所得者を継続する「社会人」的サラリーマンだ。
 前者は迎合し、後者は内にも外にも分裂を繰り返す。