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『なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか』

田口佳史『なぜ今、世界のビジネスリーダーは東洋思想を学ぶのか』(文響社 2018)を読む。
著者は、日芸を卒業後、映画監督で活躍中にタイ国で瀕死の重傷を負い、生死の境で「老子」に出会い、以後、中国古典思想研究に従事してきたという、変わった経歴の持ち主である。現在は「タオ・クラブ 株式会社イメージプラン」を立ち上げ、著作業、講演活動を行っている。

内容は極めて陳腐で、西洋思想型の「機械的数字論」や「結果主義」「技術・能力重視」「データ主義」「外側思考」「細分化・専門化型アプローチ」「主客分離」から、東洋思想型の「人間的生命論」や「プロセス主義」「人間性重視」「直感主義」「内側思考」「包括的アプローチ」「主客非分離」へのパラダイムシフトが大切だと繰り返し述べる。切り口こそ多々あるが、内容は全て一緒でモダン主義かポストモダン主義かという二分論である。

『小説の読み方』

猪野謙二編『小説の読み方:日本の近代小説から』(岩波ジュニア新書 1980)をパラパラと読む。漱石、鴎外、芥川に始まり、有島武郎、志賀直哉、藤村、独歩、樋口一葉、鏡花の8名の作家の作品解説である。また、その解説者が豪華で、漱石の解説を大岡信、芥川の解説を阿部昭、有島の解説を津島佑子など、他、大江健三郎、黒井千次、林京子、野間宏など、錚々たる作家の名前が並ぶ。時代を代表する作家は、同時に卓越した読者であることが分かる。

作品解説は中学高校レベルではなく、大学の文学部の授業レベルである。解説よりも解説者である作家たちのちょっとしたエピソードが面白かった。大岡信は次のように述べる。

中学下級生のころ何を読んだが、それがほとんど思い出せない。戦争がいちだんと激しくなってきた。1943年4月、桜咲きみだれる狩野川べりの沼津中学校に入学したが、それから二年余りの歳月がたって、1945年の真夏の一日、日本は戦争に敗れた。その二年余りの間に、何を読んだか、それがほとんど思い出せない。

他にも、林京子の姉が大学出たての若い青年教師の気をを引くために、樋口一葉の『たけくらべ』の文庫本を購入したところ、学年主任が青年教師が勧めた『たけくらべ』の回収を命じたエピソードなど、堅苦しい解説よりも冒頭の作家との出会いエピソードの方が印象に残った。

『塔上の奇術師』

江戸川乱歩『塔上の奇術師』(ポプラ社 1964)を半分ほど読む。
さすがに飽きた。変装や屋根への逃亡、家丸ごとの改造など、他作品と全く同じパターンの使い回しである。子どもの頃にはスイミングスクールの入り口でワクワクしながら読んでいた記憶があるが、大人が読んで楽しめるものではない。江戸川乱歩作品には昭和の闇が描かれていると、大学のゼミの先生が話していたのを記憶しているが、少なくとも怪人二十面相シリーズには描かれていないと思う。

『レンズの向こうに自分が見える』

野村訓『レンズの向こうに自分が見える』(岩波ジュニア新書 2004)をパラパラと読む。
刊行時、大阪府立大手前高校定時制の教諭だった著者が、顧問を務めていた写真部の生徒が写真を撮ることを通して、自分と見つめ合い、そして成長していくプロセスを語る。

たった一言で、それまでトラウマを抱えて生きてきた生徒が目を輝かせる奇跡が描かれるのだが、教育現場に身を置くものとしては、美談調で学校ドラマ仕立てなのが気になった。実際の学校教育は徒労の積み重ねである。カメラを通して、部活動を通して生徒を支えていくことに異論がある訳ではない。一冊の本になった時に、あまりに切り捨てられているところが多すぎる。

『サイクルスポーツ攻略法』

五十嵐髙『サイクルスポーツ攻略法』(岩波ジュニア新書 1988)をパラパラと読む。
一度読んだことある本だと思い出したので、少し興味を無くした。
ただし、歴史は繰り返すというか、最近グラベルロードバイクが流行っているが、40年前にもブリヂストンMB1.という元祖グラベルロードバイクが存在していた。

良くも悪くも自転車は人間が漕いで走るものなので、パーツは進化しても、コンセプトそのものは変わらないのであろう。