「15歳未満人口 43年連続減」

本日の東京新聞朝刊に、15歳未満人口が43年連続減という記事が掲載されていた。
1974年以降、合計特殊出生率が以一貫して右下がりとなっているのだ。現在の日本では人口を維持(人口置換水準)するには、合計特殊出生率(女性が生涯に産む子供の数)は2.07必要である。団塊ジュニアのピークである1973年こそ、2.14と上回ったものの、1974年は2.05となり、それから50年間一度も人口を維持する2.07を上回っていない。

人口の問題は地理総合の大きなテーマの一つである。世界では東アジアや欧州での少子化とアフリカの人口爆発が同時に急速に進んでいる。こうした問題も授業の中で扱っていきたい。

『日本の神々』

上田正昭・鎌田純『日本の神々:「先代旧事本紀」の復権』(大和書房 2004)をパラパラと読む。
レポート作成の一助として手に取ってみたものだったが、道教の日本への受容について参考になる箇所が多くて、意外に読み応えがあった。

つい、先日武蔵大学の桃崎有一郎教授が、邪馬台国はヤマトと読むべきで、箸墓古墳こそが卑弥呼の墓であるとの新説を打ち出した。しかし、この本の中に次のような一節がある。こちらの方が桃崎教授よりも20年も早く「ヤマタイ=ヤマト」を主張しているではないか。

上田:邪馬台国の問題でも、「ヤマタイ」という読みは重箱読みなんですね。「ヤマ」と読んだら、普通は「ト」と読むべきです。「タイ」と読むなら、「ジャメタイ」と読むとか。「ヤマ」と読んだら「ト」と読まなければおかしいという意見に私も賛成です。しかし、これは日本人の読み癖のようなものです。江戸時代でもヤマタイ、ヤマタイと呼んで論争してきたのですから、それほど拘らなくていいと思います。でも正しくは「ヤマト」と読むべきでしょう。

『絵でみる 下水道のしくみ』

大内弘『絵でみる 下水道のしくみ』(山海堂 1987)をパラパラと読む。
「絵でみる」とあるが、子ども向けの絵本ではなく、ポンプや最初沈殿池などの仕組みを図解で示すという専門書に近い内容である。

トイレや台所、風呂場の排水口の下のS字に曲がった部分は何のためにあるのかと思っていたが、これは防臭トラップとよび、接続管の曲がり部に常時、水を滞水させ、下水管内の臭気が建物に侵入するのを遮断する装置である。

「ガザ戦闘終結受け入れず」

本日の授業で、2年生全クラスの小テストが終了しました。
2年生の授業は宗教に関する内容でした。用語の説明をしても面白くないし、昨年も少し触れているということなので、現在の政治を理解できるように、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の対立を簡単にまとめてみました。

現在のイスラエルはパレスチナ自治区ガザに対して、強硬な姿勢を緩めていません。ユダヤ教は「ノアの方舟」に象徴されるように、ユダヤ教の信者以外は救われないという選民的、排他的な教義を持つ宗教です。もともと他宗教、他民族と共存共栄することを否定しているといってもよいでしょう。

宗教紛争は決して対岸の火事ではありません。自分たちの国のこと、自分ごととして捉えることが大切です。

『緑の環境デザイン』

斉藤一雄・田畑貞寿編著『緑の環境デザイン:庭から国立公園まで』(NHKブックス 1985)を杉戸の銭湯でパラパラと読む。
東京町田市の旧鎌倉街道小野路が写真入りで紹介されていた。バイクでふと出会った光景は印象に残っている。

最近では、県や市など地方公共団体の手で整備が進められようとしている歴史の道も、少しずつ見られるようになってきた。それは、たとえ町裏を通るひとすじのかぼそい道であっても、それが町をつくり育ててきたかつての人たちのぬくもりに触れる道であってみれば、町の、そして村の立派な歴史の道である。その道をあらためて見直し、手づくりの道として育てることが、やがて手づくりの町につながる。
都市の大きな活動からみれば、町裏の車も通らぬ細道など取るに足りない道ともいえようが、人間のための町の風情は、実はこのような些細なものによって支えられているともいえる。