第119回直木賞を受賞作である、車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』(文藝春秋 1998)を読む。
太宰治の『人間失格』のような暗い雰囲気の漂う作品で、サラリーマン人生をドロップアウトした主人公の不安定な心理がねっちっこく描かれる。作者自らの人生経験を踏まえた「私小説」であり、舞台の尼ヶ崎や三重の赤目四十八瀧の風景が克明に描かれており、妙に印象に残る作品であった。
また、作者は、「転向作家」と一般に称される中野重治にその人生を準えているのだろうか。中野重治は東京でプロレタリア文学を志しながらも警察弾圧によって2年間獄中生活を送り、釈放後に職もなくぶらぶらしている時に、自らのアイデンティティを問う私小説『小説の書けぬ小説家』や『村の家』などの作品を発表している作家である。
作中に次の一節がある。
わたしはふと『雨は愛のやうなものだ。」という中野重治の誌の一節を思い出した。この年になっても、愛とかいつくしみとか、そんな言ノ葉の内容物はまな何も知らないのに、こんな他人の言説だけはいっぱい頭に入れているのである。