小池滋編『鉄道諸国物語』(彌生書房 1985)を手に取ってみた。
鉄道史研究家として都立大学で長年教鞭を取っていた著者が、鉄道を舞台にした日本国内外の小説をまとめたアンソロジーである。志賀直哉の『網走まで』や芥川龍之介の『みかん』、ディケンズ『信号手』などが収められている。鉄道を舞台にした文学には、鉄道車内のボックス席という極めて狭いパーソナル空間と、鉄道が移動していく距離感や窓から広がる風景などの大きな空間の2つの世界観が共存する不思議な魅力がある。
解説の中で、編者の小池さんは鉄道を題材にした真の文学の名に値するものとして、中野重治の『汽車の罐焚き』を挙げている。私が卒業論文で一番に取り上げたかった作品である。当時の自分は、人間には御しがたい、しかし人間しか動かすことのできない蒸気機関車に着目した中野重治にこの上ない関心を持っていた。自分が評価されたような嬉しい気持ちになった。