神経系の仕組みと働きについて説明せよ。
心身障害の身体的背景として、中枢神経と抹消神経からなる神経系の障害は特に重要である。心身障害児を理解し、適格な教育を目指すには神経系の仕組みと働きについて押さえておく必要がある。
神経系は大きく中枢神経系と抹消神経系に分類され、中枢神経系は脳と脊髄に分けられ、抹消神経系はその機能によって体性神経系と自律神経系に分けられる。以下分類ごとに仕組みと働きについてまとめてみたい。
大脳は大きく「認識・運動・意識・情動・記憶学習」の五つの大きな機能を担っている。これら五つの機能を、脳全体として担っているのではなく、認識は大脳皮質の頭頂と側頭葉、運動は前頭葉、情動は視床下部から大脳辺縁系、意識は脳幹から視床、記憶学習は海馬から側頭葉といったように、その機能は偏在されている。以下その局在ごとの機能を羅列する。
前頭葉
前頭葉は大脳全体の4割も占めるが、前頭葉を切り取っても知能や記憶の能力に障害は起こらないが、人格や性格を目立って変わってしまう。前頭葉には人間に一番よく発達している創造、企画、感情の精神が宿り、人間の行動を操る一番重要な精神活動がなされる。すなわち前頭葉は社会関係と自他の感情を適切に理解・コントロールしつつ社会の中で前向きに生きるための知性と捉えることも出来る。ダニエル・コールマンは『EQ—こころの知能指数』の中で、前頭葉の持つ総合的情動能力を、自己認識力・自己統制力・動機付け・共感能力・社会的スキルの5つに分類している。こうした社会適応力を高める教育環境が求められる。
近年「学級崩壊」など通常学級において落ち着かない子どもの病原として指摘されることの多いADHDであるが、アメリカの臨床精神医のカプランの指摘によると、前頭葉の血液量が健常児に比較して低下していることが証明されている。また前頭葉における糖代謝の低下も原因の一つであるとの指摘もある。前頭葉は衝動を抑制したり、行動を統合する部位であるため、ADHDはそうした抑制統合機能の不全と考えられる。幼児期の子どもの大半は多動性を示し、診断を下すことが難しいため、DSMやICDなどの診断基準に従うとよい。
頭頂葉
頭頂葉は理解や認識、知覚を統合する分野であり、ここが損なわれると対象の認知が障害される。近年通常学級にも多数在籍すると指摘される学習障害(LD)児であるが、頭頂葉を含む脳全体の認知能力の不全が原因とされているが、効果的な治療はなく、教育現場での粘り強い取り組みが必要である。
後頭葉
視覚の中枢で、目の網膜に映った像は最終的にこの部位で視覚として認知される。ここが障害されると、視覚像を結びえない、もしくは物が見えてもそれが何であるかを認識できない精神盲や視覚失認という症状を示す。眼には何らの機能障害がなくても、後頭葉の機能障害を起こしているケースもあるので注意が求められる。
側頭葉
聴覚の中枢であると同時に、記憶を司る海馬がある部位である。ここが障害されると、てんかん発作や記憶障害、また食欲・性欲の異常が見られる。
言語野
話す・聞く・読む・書くといった言語活動は、言葉の理解を支配する感覚性言語野と言葉を話すための筋肉運動の統合が営まれる運動性言語野に分けられ、その大半は大脳の左半球に局在する。もし感覚性言語野が障害されると、相手の声は聞こえても、その意味が理解できない、また自分が話す言葉さえも意味が分からない状態になる。また運動性言語野に障害が生じると、声は自由に出るが、ある言葉を口にしても声を組み立てて言葉にすることができないため言葉が話せなくなる失語症となってしまう。特に自閉症児は言葉一つ一つの理解はあるが、言葉と言葉をつなげる理解能力が欠如しがちである。
大脳辺縁系
食欲や飲欲、性欲、群衆欲といった固体維持と種族保存の基本的生命活動をたくましくする本能的欲求に関わる部位である。ここは新皮質における理性や感情と、内臓を管轄する視床下部が受ける信号の両方から影響を受ける部位である。この部位が壊れると理性で本能をコントロールすることが難しくなる。
脳幹とは脳全体の中で、大脳と小脳を除いた大脳核、間脳、中脳、橋、および延髄を合わせた部位を言う。機能的には、生存に必要な基本的身体機能の調節を行なっている。以下その機能のあらましを羅列する。
間脳
視床と視床下部からなり、全身のほとんどすべての知覚神経の中継点で、知覚刺激はここを経て大脳へと送られる。視床下部は快・不快の原則に基づく本能的な情動に関わる中枢であり、また、睡眠、体温、血圧の調節や胃酸の分泌、水分調整など生命を維持するための自律神経の最高中枢であり、ストレスが続くと女性では生理が無くなったり、消化器官の障害となって現れる。
延髄
脳の最下部で脊髄のすぐ上方に続く部分であり、特に生命維持に直接関係する呼吸と循環系の中枢が存在しており、この部分が冒されると直ちに死に至る。また脳出血などで損傷されると、運動麻痺やパーキンソン病などの不随意運動の障害が起こる。
小脳
小脳の主な機能は運動の制御で、とくに体位のバランス調整や、筋肉の緊張度合いのコントロールを行っている。従って、小脳に損傷があると、意図した運動が思い通りに出来なくなる。例えば指の先で鼻の頭をさわろうと思っても外れたり、茶碗を手にとっても口のところに当たらないし、こぼしてしまったりする。また小脳の萎縮で、言語が緩慢になったり、断続的発語を呈したりする言語障害も見られる。
脊髄
脊髄は神経を通って信号が入ってきて、また神経を通って信号が出ていくという比較的簡単な信号の中枢になっており、身体防御レベルの体制反射を司る。
抹消神経はその機能によって体性神経系と自律神経系に二分される。体性神経は運動と知覚の働きを営み、大半が意志の支配下にあるので随意神経ともいう。これに対して自律神経は、例えば呼吸、循環、消化、分泌など自律的に機能し、意志によって左右されることがない。
さらに、自律神経系は交感神経と副交感神経に分けられる。脊髄の全域から出ている交感神経は心臓や血液の働きを促進し、脳幹か出ている副交感神経は消化器系の働きを促すように、両者は拮抗的に働く。副交感神経は脳幹の状態に左右されやすく、大きなストレスを抱えると摂食障害や内蔵器官の不調として現われる。
【参考文献】
伊藤正男『脳のメカニズム』 岩波ジュニア新書 1986
時実利彦『脳の話』 岩波新書 1962
フロイド・E・ブルーム『新・脳の探求』 講談社新書 2004
澤口俊之『幼児教育と脳』文春新書 1999
大島清『頭が良くなる脳科学講座』ナツメ社 2003
熊谷高幸『自閉症からのメッセージ』講談社現代新書 1993