久保博司『警察官の「世間」』(宝島新書)を読む。
警察の現状を概ね肯定的に捉えていた。ルポの姿勢も甘く面白くなかった。
『警察官の「世間」』
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久保博司『警察官の「世間」』(宝島新書)を読む。
警察の現状を概ね肯定的に捉えていた。ルポの姿勢も甘く面白くなかった。
宮沢賢治短編集『風の又三郎』(角川文庫)を読む。
残念ながら表題作の「風の又三郎」はあまり面白くなかった。しかしその中で原稿用紙数枚の短編である「祭の晩」(1924年発表)が興味深かった。簡単にあらすじをいうと、ある秋の祭りの晩に掛茶屋である男が団子のお金がなくて店の主人からこっぴどく責められる。男は薪百把持ってくるからと謝っても店の主人は納得しない。そこへ通りかかった亮二がお金を払って事無きを得る。その晩亮二のお爺さんがその男の話を聞き、「山男」だと話をしている時に、外で大きな音がして、出てみると家の前に薪が積み上がっていたという恩返しの話である。この中でつい見逃しがちであるが、「山男」という単語が気になった。この作品に登場する心優しい山男の姿は、柳田国男の『遠野物語』(1910年刊行)で伝えられる異様な山男像に対するアンチである。
三角寛の作品に山窩(サンカ)が多く登場するが、詳しくは 沖浦和光<「サンカ」は日本文化の地下伏流>を参照下さい。
吉川英治文学新人賞を受賞した浅田次郎『地下鉄に乗って』(講談社文庫)を読んだ。
久々に面白い小説だった。永田町の地下鉄駅の階段を上がると、30年前にタイムスリップをしてしまうというSF的な小説なのだが、過去の世界で出会う父親の生き様に触れることで、主人公の真次の現在の家族観が大きく揺らいでいくのだ。最後は主人公の彼女であるみち子の恋人を思う一途な「自殺」で終わるラブロマンスに仕立て上げられている。読み終わって内容を振り返るに、タイムスリップという超常現象を間近に体験する真次とみち子、それを間接的に聞く上司や家族、そしてすべてを見越した老人のっぺいの三者の視点が複層的に絡んでくる計算されつくした展開に改めて気付いた次第である。