本日の東京新聞朝刊に姜尚中・東大教授の『テロとの戦い 再考』と題した小論が掲載されていた。
その中で姜尚中氏は「日本政府は日米同盟から世界をみるという旧来型の思考から抜け出せていない。現在の米国の対テロ戦略が行き詰まっているのは明らか。友人ならば、その場しのぎの対米追従ではなく、米国に異なる選択肢を示していくことが肝心なのでは」と疑問を呈する。
そして、「日米関係は重要であり続ける。でも、いま日本に求められているのは日米のみではなく、それに地域の他国関係を組み合わせられる思考だ。日米の片務的な関係を正す道もそこから見いだせるのではないか」と結論づける。姜尚中氏は話を政治に限って論じているが、米国に弱みを握られつつもおんぶに抱っこという状況は、政治も金融も軍事も全てに共通することだと思った。
投稿者「heavysnow」のアーカイブ
久石譲ベストアルバム
最近久石譲のベストアルバムを運転中に聴いている。
20年前のアニメ映画『アリオン』や『風の谷のナウシカ』から、15年前の北野武監督映画『あの夏一番静かな海』や大林宣彦監督『ふたり』のメインテーマ、ソロアルバムから『さくらが咲いたよ』などの曲が収録されており、つい自分自身の20年前、15年前の記憶と重ね合わせてしまう。高校を卒業して一人暮らしをしながら新聞を配っていた頃や、免許を取得したばかりで深夜ドライブに走り回っていた頃の光景が浮かんでは消えていく。特に『あの夏一番静かな海』は、朝刊を配り終わった日曜日の昼に、一人アパートでビデオを借りてきて14インチのテレビで観賞したのだ。当時住んでいた伊勢原や厚木の駅前の賑わいが懐かしい。たまにはふらりと自分の歩んできた足跡を辿ってみたいとも思う。車で高速をすっ飛ばせば3時間くらいで着く距離であるが、なかなか今の多忙な生活では実現は難しい。
『がなり説法』
高橋がなり『がなり説法』(インフォバーン 2002)を読む。
高橋氏は、佐川急便のサービスドライバーを経て、テレビ制作会社でテリー伊藤の下で働き、独立してアダルトビデオ会社ソフト・オン・デマンドを設立し、『¥マネーの虎』というバラエティ番組にレギュラー出演を果たし、現在では国立ファーム有限会社という農業経営の会社を立ち上げている。常に変革を追求していく風変わりな人物である。その著者が講演会や、雑誌「サイゾー」紙上のコラムを通じて、小さな成功や安定に胡座をかくことなく、常に「負け犬」的な挑戦者の気持ちを持つことの大切さを説く。
妻やら子ども、貯金、また途中で放り出せない仕事を抱えていると、困難に挑戦していく魂を忘れがちであるが、常に変わっていくことに対してドキドキ感を持つことは大切であると感じた。
うちの社員どもはすぐに「できねぇ」と言いやがる。何かといえば「人がいない」「予算が少ない」「時間が足りない」「自分は一生懸命やっているのに」……。だからオマエらは負け犬だって言われるんだよ。
今の自分の能力を肯定するなよ。肯定した瞬間にオマエらの成長はなくなるんだよ。100の能力の人間が100の仕事をしているうちは、200の能力になりっこないだろ。今できないと思う仕事をやり遂げて成功する経験値を積み上げてこそ初めて自分の限界を押し上げることができるんだよ。
「年収200万円 正社員を目指す」
一昨日の日曜日に録画したフジテレビの「ノンフィクション」という番組を見た。今回のテーマは「年収200万円 正社員を目指す」というもので、大手電機メーカーを自己破産で退職を強いられ日雇い労働をしながら正社員採用を目指す35歳の男性や、大手レコードメーカーをリストラされうつ病に苦しむ38歳の女性の悲哀な生活が画面に映し出されていた。正社員として仕事をしていた同じ30代の人たちが明日をも知れぬ生活を続け、結婚も出産も諦めざるを得ない状況に追い込まれてしまっている現実に驚きと同時に恐怖を感じた。この驚きと恐怖は、自分がその立場に置かれたことに対するものと同時に、このような日本になってしまったバブル崩壊以降の「失われた10年」を押し進めた政府に対するものである。
『通貨を読む:ドル・円・ユーロ・元のゆくえ』
滝田洋一『通貨を読む:ドル・円・ユーロ・元のゆくえ』(日経文庫 2004)を読む。
通貨の上げ下げについては、凡百のエコノミストがファンダメンタルズを基に見通しを語るが、外為法が改正されて一般投資家が24時間絶え間なく市場取引している以上、経済学者ケインズが「依拠しなければならない知識の基礎(経済的な分析結果)は極端に当てにならない」「ばば抜きゲーム」に過ぎない。滝田氏は外国為替市場は結局は美人ゲームであるが、美人ゲームを動かす長期的要因は分析可能であるとし、アメリカの金融政策やユーロ圏の政治状況、中国の経済政策を素人にも分かりやすく説明する。そうした主要通貨の中で特に日本円について警告を発している。日本政府は90年代の10年間を通して急激な円高を是正するために、円売りドル買いに走ったが、その結果買いためた米国ドルや米国国債に振り回されてしまっている。つまり米国政府の手先三寸で円高円安をコントロールされ、実質的な資産流出を招いている。
これ以上米国の思惑に振り回されないためにも、滝田氏は次のようなユーロを見習ったアジア経済圏−通貨圏の構築を提唱する。
通貨主権という言葉があり、通貨外交という言葉がある。われわれ日本人は、通貨こそはひとつの共同体を成り立たせる大切な絆だという事実を思い起こす必要がある。バブル崩壊後、不良債権処理という内向きな課題に追われてきた日本にとって、通貨の世界こそは「失われた十年」の最たるものだった。「預金封鎖」と題する書物が何種類も書店にうず高く積まれているという事実は、円という通貨の価値に自国民すら疑問を持っていることを意味すまいか。
長い目で見た日本の課題はハッキリしている。東アジア−中国−米国という経済交流が深まるなか、自らの比較優位を確保できる成長産業を発展させ、持続的な成長を果たすこと。欧州がECUという舞台でビジネスを競ったように、盾になるべきACU(Asian Currency Unit)という舞台で日本の金融が実力を発揮することだ。それは国民のお金を新たな成長機会に投じることにもつながる。円という通貨の未来図は、その延長線上に描かれるだろう。


