投稿者「heavysnow」のアーカイブ

『わが空手、日本への提言』

大山倍達『わが空手、日本への提言:1200万人の頂点に立つ総帥の警鐘!』(サンマーク出版 1991)を3分の2くらい読む。
かなり古い本だが、ふと思い立って本棚の奥から引っ張り出してみた。当時の極真空手についての技術的な話や、『空手バカ一代』で描かれる米国修業時代などの読者が一番に期待するような話は一切無い。バブル景気に浮かれていた90〜91年当時の日本の政府や社会に批判を投げ掛けながら、人間としての原点を鍛え上げる極真の意義を説くという内容である。
前半は極真空手の内弟子が住み込む若獅子寮のことや、空手を通じて謙虚さと感謝の心などを培うべきだとする人生訓の話だったので、すいすい読むことができた。しかし、後半は女性の社会進出はおかしい、女は厨房を守り、男は戦いに出て行くべきだとか、女性の婚前交渉が社会の腐敗を生みだすとか、また日本人の精神が米国のブルジョワ民主主義に洗脳されているとか、果ては日本は立憲君主国であるから天皇には万世にわたってわが国の元首であっていただかねばならないなど、ぶっ飛んだ政治談義が続く。ちょうど1980年代チックな、笹川良一や「勝共連合」あたりの右翼・神道思想の四方山話である。あまりにつまらないので途中で読むのを止めてしまった。
大山氏は精神修行や基本、身体力の向上を重んじ空手家としては尊敬に価する人物である。しかし、この本は頂けない。

途中大山氏ならではの面白い話があった。下記のような名(迷)言こそが大山氏の持ち味の一つであろう。

たとえば具体的に言えば、いまいちばん社会の罪を犯しているもののひとつが、右から左へ行くスポーツ、つまり横運動を重視するスポーツを助長するような風潮だ。これに冠をかぶせて応援しているのが企業やマスコミ、そして日本政府である。具体的にあげればゴルフ、テニス、卓球といった球技の類がそうだ。野球も基本的には大差ない。

『ライラの冒険:黄金の羅針盤』

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クリス・ワイツ監督『ライラの冒険:黄金の羅針盤』(2007 米)を観に行った。
英国のファンタジー小説3部作の内の第一巻の部分の映画化であり、世界の秘密に関する謎が示されて「これから冒険に向かうぞ!」というところで終わってしまう。
内容的にはやや不満の残る作品であったが、白熊同士の白熱した闘いや空飛ぶ魔女の活躍などの映像の素晴らしさには圧巻される。

子の成長

娘も2歳を過ぎてから大分言葉が増えてきた。「アンパンマン見ゆ(る)〜」「ごはんばう(食べる)〜」「どきんちゃんねんね」「パパたっち」「お勉強やゆ(る)〜」など2語文で話すことができるようになり、意志疎通もスムーズになってきた。ただ敏感な性格なのか、人見知りや場所見知りはまだ直らず、いやいやが始まりすぐにぐずり出してしまう。今が一番かわいい時期であろうか。

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愛猫 aibyou

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我が家の駄猫マルクスもすっかりと大人になった。生年月日は不詳なのだが、もうすぐ3歳半くらいになるのだろうか。むやみやたらに走り回ることも少なくなり、やや落ち着きが出てきたと思う。
しかし、我が家の主役を娘に奪われてからというもの、寂しさのアピールか、脚に噛みついたり、ひっかいたりすることが増えてきた。困ったものである。

『セックスボランティア』

河合香織『セックスボランティア』(新潮社 2004)を読む。
障害者の性というタブーに果敢に挑戦したルポルタージュである。デリバリーの風俗嬢を依頼する脳性まひの男性や、マスターベーションの介助をするボランティア女性、結婚した障害者の夫婦の性生活を援助する介助スタッフ、またオランダにおける公費補助すら受けられるセックスサービスボランティア団体の実態を丁寧に追う。

食事や排泄、寝起き、移動など身のまわりの介助を、「ADL」(Activites of Daily Living)といって、これは「日常生活動作」と訳されている。これに対して、旅行や買い物、化粧などのお洒落などは、「QOL」(Quality of Life)といわれ、「生活の質」のことを指す。私は、「QOL」にセックスも入れるべきことではないかと思うのだが、現在の介助の現場ではほとんど触れられていない。

上記の考え方に基づき、著者はセックスの「ノーマライゼーション」のありようを求めて、セックスサービスを受ける側、提供する側、サービスを運営する側などにインタビューを試み、多角的に障害者向け性風俗サービスに関わる人間の内面に迫る。
障害者にとって性風俗を受けるというのは決して特殊なものではない。また、障害者の性を特殊なものにしようとする社会や家族の圧力に目をむけ、第三者としてではなく、第二者として関わることの必要性を説く。

1953年に出された厚生省のガイドラインでは、審査に基づく優生手術は、本人の意に反しても行なうことができ、やむを得ない場合は、拘束しても、麻酔を使っても、騙してもいいと明示されていた。とんでもない内容です。この法律は96年に改正されましたが、長い歴史の中で積み重ねられてきたマイナスイメージを払拭することは容易なことではありません。したがって、優生保護法が改正されてもなお、障害者は子どもを作ることすら認められないという現状があるのです。