『夕凪の街 桜の国』

こうの史代『夕凪の街 桜の国』(双葉社,2004)を読み返す。
10年ほど前に読んだことのある漫画である。前半は被曝によって直接亡くなった家族の物語、後半は疎開して被曝を免れた弟の子供世代、いわゆる被曝2世の物語となっている。その間30年近い開きがあるが、血が繋がっているように、被曝の体験もまた繋がっているというのが作者の思いである。

『人なつかしき』

瀬戸内晴美『人なつかしき』(筑摩書房,1983)をパラパラと読む。
作者は数年前に他界された瀬戸内寂聴さんである。改めてWikipediaで作者の項を読んでみたが、えらく経歴の多彩な方である。

本書はタイトルにもある通り、作者が出会った文学者や編集者の人物評がまとめられたものである。1980年前後に雑誌に掲載された古いもので、彼女の個人的なやり取りが続き、ほとんど活字を目で追うだけであった。

唯一目を引いたのは、作者が評伝を書いた小説家・岡本かのこの息子の岡本太郎氏とのやりとりであった。岡本かのこの小説を読んだことがあったので、彼女の息子さんが芸術家・岡本太郎氏であったのかと感慨に耽った。

麦わら帽子

今日の午後、春日部市内にある麦わら帽子の専門店、田中帽子店を訪れた。
直営販売所は数年前にできたおしゃれな建物であったが、工場の方は職人さんが昭和の頃のミシンやプレス機で、一つひとつ全て手作りで作業されていた。聞いたところ、春日部市内で大量に生産している店は他になく、全国でも岡山にもう一店舗を残すのみだそうだ。

趣のある作業場で、伝統の凄さを目の当たりにした。
麦わらは東南アジアから輸入されているとのこと。
珍しく自分用に麦わら帽子を購入してきた。大事に使っていきたい。

『もう一つの満州』

澤地久枝『もう一つの満州』(文藝春秋,1982)を読む。
もう40年以上前の本である。著者の澤地さんは4歳から15歳まで、旧満州の吉林市で過ごしている。そこでの暮らしは決して裕福なものとは言えず、日本人社会の底辺に位置付けられていたのだが、中国人にとっては侵略者として映る。

本書は著者が満州で生活していた当時、中国東北部で活動していた抗日パルチザンの指導者として活躍していた楊靖宇を巡る旅日記となっている。1930〜40年代と1980年代が交錯する展開で読みにくさはあったが、著者の丁寧に歴史を辿る姿勢が印象に残った。満州を足がかりに中国本土への侵略を強める日本軍と蒋介石率いる国民党の両方から迫撃を受けながらも、伸長していった紅軍共産党の歴史が理解できた。タイトルの「もう一つの満州」とは、五族共和とは裏腹の日本の支配の直轄地となった「満州帝国」を意味している。

『十七歳だった!』

原田宗典『十七歳だった!』(集英社文庫,1996)を半分ほど読む。
聞いたことあるようで全く知らない作家の小説である。自身の体験を元にした高校生男子あるあるな青春記となっている。
途中までしか読まなかったが、作者は1959年生まれ、2025年現在66歳である。言葉は悪いが、団塊世代や団塊ジュニア(氷河期)世代のような苦労も知らず、進学も就職も苦労しなかった「しらけ」世代である。小説の世界ではあるが、まだ年平均10%の成長を遂げた高度経済成長の余韻が感じられた頃で、将来に対する不安もなく、今の高校生活を謳歌しようとする世代に特徴的な物語という印象が強く残った。