『アイデンティティの心理学』

鑪(たたら)幹八郎『アイデンティティの心理学』(講談社現代新書 1990)を読む。
昨年京都文教大学を退職した臨床心理学者の著者が、「モラトリアム」で有名なE.H.エリクソンの下で学んだ研究を踏まえ、人間の行動原理、生き方そのものについて論を展開する。著者はエリクソンの「アイデンティティ」理論を援用しながら、登校拒否や対人恐怖症、犯罪などに至る心理的構造を明らかにしている。著者は人間の全ての行動の根底には、自分を証明したいという否定しがたい動機があると述べる。

人は自分を何とかして証(あか)ししたいという根源的欲求に、抵抗できないほど強くひかれる。人生は自分にとって唯一回であって絶対に繰り返さない、従ってとり返しのつかないものだ、という自覚も、深く以上のことに根ざしている。僕たちは、人間が幾億人いようとも、自分であって絶対に他の人とは、置きかえられない人間にならねばならない。僕はこの人間存在の極限に追いつめられたことを喜び、また悲しむ。……
一人の人間が、誰とも同じ、何の特権もない一人の「人間」であって、しかもその同じ人が、自分は自分自身であって、他の何でもない、という個性のもつぎりぎりのものを意識した状態なのだ。

上記は森有礼初代文部大臣の孫にあたる森有正氏の言葉である。著者は、東大在職中にフランスへ留学しそのままパリに居残った異色の経歴の森氏の生き方を紹介しながら、人間の生き方は常に他人から与えられる「予定アイデンティティ」と自分の責任による「選択アイデンティティ」のせめぎ合いだと結論付ける。森鴎外の『舞姫』における太田豊太郎を彷彿させる見解である。

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