『「アラブの春」の正体』

重信メイ『「アラブの春」の正体:欧米とメディアに踊らされた民主化革命』(角川Oneテーマ21 2012)を読む。
著者は1973年、レバノン・ベイルート生まれで、日本赤軍のリーダー重信房子の娘である。タイトルにある通り、「アラブの春」が欧米の勢力やメディアによって、欧米型の議会制民主主義や欧米のエネルギー企業の進出を利するような形に変容された実情について、西アジアや北アフリカの国の紹介も含めて、国ごとに異なる個別事情が丁寧に説明されている。

確かにチュニジアやエジプトでは、民衆の反政府運動が、腐敗にまみれた独裁政権を倒す原動力となった。しかし、リビアでは、メディアの力で原油や天然ガスを独占するカダフィ大佐をことさら悪人に仕立て上げて、フランスやアメリカの軍隊が反政府運動に肩入れし、形だけ民主主義の、欧米の都合の良い独裁政権が誕生しただけであった。シリアやレバノンでも、アラブの春が、アメリカが与しやすい、イランを排除しイスラエルに近い政権作りに使われてきたのが実情である。

他にも、カタールの国営放送のアルジャジーラの課題やエルドアン大統領以降のトルコの立ち位置など、アラブ地域を見る視座の参考になる話が多かった。

クルド人はイラク、トルコ、シリア、イランにまたがって住んでいますが、自分たちの国は持っていません。それぞれの国で独立を訴えて反政府運動をやっています。
イラクの場合、クルド人が自治政府を作っているのは石油が出るイラク北部です。したがって、クルド人に独立されてしまうと石油の採掘権を取られてしまうので、イラク全体にとっては不都合です。
トルコでも同じような事情があり、クルド人が住む土地は水資源があることで知られています。そのため、トルコもクルド人の独立を許すわけにはいきません。また、同じようにシリアのクルド人が住む地域はシリア国内でも農作に適した北シリアで、そこを取られるわけにはいかないのです。イランも石油が出る地域にクルド人のコミュニティがあります。どこの国でも、クルド人は人口が多く、重要な土地にクルド人が住んでいるので、独立させるわけにはいかないのです。
クルド人はそれぞれの国で、独立運動や反政府運動を行っています。そこで新たな矛盾が起こります。イランとイラクは、イラク戦争前までは戦争するような緊張関係にありましたが、イランはイラク国内のクルド人の運動を支援し、イラクはイラン国内のクルド人の運動を支援していました。それぞれ、敵の敵は味方という関係にあったわけです。それと同じようなことがシリアとトルコの間でも起こりました。
クルド問題は、クルド人自身の独立への切実な思いとは無関係に、その国の政情を不安定にさせるための道具として使われてきた歴史があるのです。