大学案内研究:日本映画大学

日本映画大学のパンフレット(2014年度版)を読む。

カンヌ国際映画祭で最高賞にあたるパルム・ドール賞を受賞した『楢山節考』(1983)『うなぎ』(1997)や、フランス映画高等技術委員会賞を受賞した『黒い雨』(1989)の監督で知られる今村昌平監督が、1975年に2年制の横浜放送映画専門学院を開校したことに始まる。1986年現在地の川崎市新百合ヶ丘駅前に校舎を移転し、2011年に4年制大学として出発している。
専門学校時代を含めると、芸能人のうっちゃんなんちゃんや出川哲朗、バカリズム、『悪の教典』を監督した三池崇史、『踊る』シリーズの本広克行、『許されざる者』の李相日など錚々たる面々を輩出している。また、今村昌平氏の息子で映画監督の天願大介氏が学科長を務めている。
私も高校時代に映画の仕事に携わりたいと思い、高2の頃だったか、高校を休んで1人で文化祭に出かけた記憶がある。たしか当時はちょっと暗めの学生が、照明や編集などの展示を行っているだけで、あまり良い印象を持てなかった。それが幸いしたのか、災いだったのか、やはり大学で文学部に行って脚本を学ぼうと進路希望の変更につながる転機となった。

映画の究極のテーマは「人間を総合的に描く」ことにあるという創立者の考えから、「人間総合研究」を始め、政治思想や精神医学入門から能楽概論、絵巻特論、建築空間論、環境思想、民俗学、死生観などの幅広い教養科目が設けられている。元早大教授で文芸評論家の高橋世織氏が学部長に就任しているのはちょっとした驚きであった。
2年次前期までは全員が同じ科目を履修し、2年次後期から、脚本演出コース、撮影照明コース、録音コース、編集コース、ドキュメンタリーコース、理論コースの6つのコースに分かれ専門を深めていく。

倍率もホームページを見たら、2倍近くあり、人気を集めているようだ。もし高校生の私がこの大学のオープンキャンパスに参加していたら、人生は別のものになっていたであろう。

なお、日本では昨年1000本近い作品が劇場公開されており、映画祭などを含めると邦画だけで800本近く上映されているらしい。そして、毎年300本以上の映画を100年にわたって作り続けているのは、世界中でアメリカとインドと日本だけであるとのこと。映画大国日本の作品を今後とも味わっていきたい。

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