中野重治『歌のわかれ』(新潮文庫,1950)に収められた「歌のわかれ」を読む。
旧制四高の学生をモデルにした表題作の「歌のわかれ」のほか、「空想家とシナリオ」、「村の家」が収録されている。ブックオフの「100円」の値札が貼られており、おそらく学生時代に購入した古本であろう。
先ほど、旧制高校の教養に関する本を読んだばかりだったので、内容がすーっと入ってきた。男子だけの3年間のモラトリアムのような生活で、ドイツの影響を強く受けた講義内容や帝国大学に進学できずに選科(科目履修生)になる悲しさなどが描かれる。時代的に作者自身が四高の学生だった大正時代末ごろの1920年代前半が舞台となっている。
1940年(昭和15年)版の序文も掲載されており、「村の家」は昭和9年か10年の頃の作品であり、「歌のわかれ」は昭和14年のはじめ頃だと書かれている。大政翼賛会が発足し、思想弾圧が激化した頃である。なぜ、そんな頃に旧制高校の学生を描いたのか。ロシア革命や関東大震災によって日本が揺れていた頃である。そんな時代の中に入っていく旧制高校生の決意が最後の一文に象徴される。
彼は袖を振るようにしてうつむいて急ぎながら、何となくこれで短歌ともお別れだという気がしてならなかった。短歌とのお別れということは、この際彼には短歌的なものとの別れということでもあった。それが何を意味するかは彼にも分からなかった。とにかく彼には、短歌の世界というものが、もはやある距離をおいたものに感じられ出していた。(中略)
彼は手で頬を撫でた。長い間彼を悩まして来たニキビがいつの間にか消えてしまって、今ではそこが一面の孔だらけになっていた。いつから孔だらけになったかは彼は知らなかった。しかし今となってはその孔だらけの顔の皮膚をさらして行く他はなかった。彼は凶暴なものに立ちむかって行きたいと思いはじめていた。
芥川の「羅生門」と同じように、大人になる前の青年の象徴として「ニキビ」が使われている。