蒼月海里『幻想古書店で珈琲を』(ハルキ文庫 2015)を読む。
神保町の三省堂を思わしき大型書店の本棚の隙間に、魔法の喫茶店がオープンしたというファンタジーである。ニコライ堂やすずらん通り、書泉グランデなど、駿台予備校時代に足繁く通った本屋や風景が出てきて懐かしかった。
月別アーカイブ: 2022年8月
『田園発 港行き自転車』
宮本輝『田園発 港行き自転車』(集英社 2015)の下巻を読み終えた。
賀川真帆・寺尾多美子、脇田千春、夏目海歩子・佑樹の3つの家族の物語が絡み合い、富山県滑川に3つの物語が収束していく。久しぶりに長編を読み終えた疲れが残った。
「上下1万円きる軽やかスーツ」
本日の東京新聞朝刊に、洋服の青山で上下1万円を切るスーツが発売されたとの記事が掲載されていた。私も早速ホームページを見て品質の良さにびっくりしたところだ。
円安が続く中で、どうして大手企業でこれほど安いスーツが販売できるのかと、不思議に思った。そこで、更にネットで調べてみたところ、青山商事ではこの数年人件費が上がってきた上海の工場から、インドネシアの中部ジャワ州に生産シフトを移しているとのこと。
中国の一人当たりのGDPは約14,096ドル(2021年)、インドネシアの一人当りGDPは4,349ドルとなっている。単純に考えると、ドルベースで同じ給料を支払うならば、インドネシア工場の労働者の賃金は上海に比べて3分の1となる。
また、ここからは憶測だが、記事にあるゼロプレッシャースーツは伸縮性の高い素材を利用しているとのこと。つまり綿ではなく石油や天然ガスから作られるポリエステルであろうと推測できる。インドネシアやマレーシアは天然ガスに恵まれ、両国とも生産量で世界で10数番目となっている。
インドネシアでは天然ガスをそのまま輸出するよりも、国内の重化学工業を発展させ、天然ガスを工業製品に加工して輸出する方向を目指している。地理用語で言うならば、一次産品から二次産品に加工して輸出することで、国内経済を発展させようということである。国連貿易開発会議(UNCTAD)の調べでは、発展途上国の3分の2で1次産品の輸出の割合が6割を超える「依存国」となっている。
「穀物船第1便立ち往生」
本日の東京新聞朝刊に、ウクライナ産のとうもろこしを積んだ貨物船が、品質を理由にレバノンの業者に買取を拒否され、海上を彷徨っているとの記事が掲載されていた。
注目してほしいのが、貨物船がシエラレオネ「船籍」ということだ。実は船にも人の国籍と同じように「船籍」というものがある。しかし、シエラレオネは西アフリカに位置し、ウクライナやレバノンから遠く離れている。
こうした船主が船籍を「便宜」的に外国に置いた船舶を便宜置籍船とよぶ。貨物船やタンカーなど巨大な船になると登録料や税金が大きくなり、登録手続きや安全に関する規制などが厳しくなる。こうした負担を逃れるために、世界中の船舶業者が書類上だけ他国に登録するのが通例となっている。一方、置籍船の多い国にしてみれば、貴重な外貨収入源となり、お互いにウィン・ウィンの関係と言える。
船籍のランキングは以下の通りである。日本も10位にランクしているが、実は日本の商船の6割がパナマ船籍となっている。シエラレオネ船籍は第53位となっている。乗組員の大半がウクライナ語もアラビア語も理解しておらず、レバノンの商社と船舶業者との連絡が上手くいかなかった点が背景として指摘されるのであろう。
『田園発 港行き自転車』
宮本輝『田園発 港行き自転車』(集英社 2015)の上巻を読む。
久しぶりにA4サイズの地図帳を取り出して、富山県内の地名を確認しながら読み進めた。
3つの家族の物語が絡み合いながら展開していく群像劇となっている。
かなりのボリュームだったが、一気に読み進めた。
富山から入善町までサイクリングをしている登場人物をして、作者は次のように語らせる。
文化財保護と銘打って、古民家のあちこちを補修して安化粧で装い、「なんとかの道」だとか「なんとかの宿跡地」だとか名づけて、おじさんやおばさんが観光バスで乗りつけても、そのなものはせいぜい十五分も歩けば底が知れてしまって、おいしくもない、というよりも、たいていはまずい草餅とか名代のなんとか蕎麦を食べさせられて、古くて風情のある商家ねェ、なんて言って、それきり思い出しもしない観光用の町が、日本中に造られてしまった。
しかし、そんな人口の名所は映画のセットと同じなのだ。
そこでいまを生きている住人の気配もなければ息吹もない。喜怒哀楽のない、ただ古さだけを売り物にした人工物だ。