子どもの睡眠リズムに付き合ってしまい、夜眠れなかったので、深夜ソファーで読書に耽った。
風間深志『地平線への旅:バイクでやったぜ北極点』(文藝春秋 1989)を読む。
表題通り1ヶ月半掛けてカナダの沿岸の島から北極海に浮かぶ氷の上を走り北極点に至るまでの冒険旅日記である。日記の途中でヒマラヤやパリダカでの苦労の回想シーンが挿入され、風間氏のスケールの大きい冒険談が同時に展開される。風間氏は「冒険」について次のように定義付けする。
冒険は、一般的にはその多くが学術的意義を伴う「探検」と違い、きわめて私的な行為であるといえる。最高峰の頂に立とうが、大海原を航海しようが、その結果が目に見えて社会や人類に、何かをもたらすというものではなく、「なんと酔狂で、もの好きなことよ!」と言われれば、全くそのとおりに違いない。
俺にとっての冒険は、もっと生きたいから、もっとよりよく生きるために、その未知なる空間へ第一歩を踏み出す行為なのである。たとえ、冒険はいのちを擦り減らす行為だという、一つの定義に甘んじたとしても、人生すべからく自分の肉体を張って生きているようなものなのだ。それならば、自分の意思において、自分の納得するいのちの擦り減らし方をする方がずっとましだといえる。きっかけ、入口?は、一人一人何であってもかまわない。(中略)冒険は、入口が何であれ、スタイルが何であれ、それが代償のない精神の旅である限り、その出口は、自然・人間・宇宙の”真理”に近づこうとする意志という、一つのところへ繋がっているような気がするのだ。