保坂展人『学校は変わったか:心の居場所を求めて』(集英社文庫 1994)を読む。
1990年に神戸高塚高校で起きた「校門圧死事件」と1993年のプロ棋士殺人事件Mさん刺殺事件のレポを踏まえて、受験競争の最中の子供の「心の空洞」を追ったものだ。プリント教材中心の「丸暗記・処理能力向上」型の「減点法」学校教育では、ちょっとした壁にも「自己を責める」ようなアイデンティティと、「喪失感」が子どもの心に去来すると指摘する。そして著者は「自己肯定」と「達成感」のある「加点法」の教育を目指すべきだと主張する。そして「学校五日制」の前に「学校半日制」を提案している。
保坂氏の描く教育像は必ずしもはっきりしたものではないが、一つの実践例として埼玉県入間郡にある私立東野高校を紹介している。日本国憲法と教育基本法の「自主・自立」を理念とする学校である。ホームページを覗くと、東野高校の開校に寄せた京大森毅氏の「学校とは、なによりもまず場所である。その世界、その時間が輝くことに、すべてはかけられるはず。遠い未来などではなく、この現在の輝きのために。」という言葉が見つかった。簡単なようで大変難しい教育目標である。
『学校は変わったか』
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