小幡浩二『パソコンはいらない』(講談社ブルーバックス)を読む。
少々古い本だが、パソコン万能主義からの脱却という主張はこれからも繰り返し出てくるのであろう。
日別アーカイブ: 2002年6月23日
『ホーリー・ガーデン』
江國香織『ホーリー・ガーデン』(新潮文庫)を我慢して我慢して半分くらい読んだが、あまりのつまらなさにギブアップした。よって感想なし。
『警察崩壊!』
久保博司『警察崩壊!』(宝島社文庫)を読む。
警察組織の内部崩壊の一番の原因として、キャリア制度を取り上げている。特に警察庁のお飾りに過ぎない国家公安委員会の実態についてのルポは分かりやすかった。しかし冤罪事件を防ぐ方法として、「日ごろから、自分の行動を記録しておくことである。そういうメモがあれば、たとえ事件が起きた時間帯に一人でいたとして、その主張の助けにはなる。たとえば、『午後九時よりTV』とあれば、テレビを観ていたことを想いだせるし、捜査員にもメモを示せる」としたのはギャグ狙いか?
『日本語八ツ当り』
この間忙しくて、このページの更新が滞ってしまった。しかし本当にばたばたしている。1学期が終わるまではこのままの状況が続くのだろうか。
江國滋『日本語八ツ当り』(新潮文庫 1993)を読む。
「あたしって○○なヒトなのね」と自己を変に客観化する言葉や、「としている」という表現の乱用や、法律解釈における「又は」と「若しくは」の規定の煩雑さを取り上げ、日本語の悪しき流行を探ろうとしている。
この中で、サ変動詞に関する項目が興味深かった。「オバさんする」「主婦する」「風流する」などの用法について、著者は「ただの無法者もしくは与太者にすぎない。もっと正確にいえば、ことばのチンピラである」と述べる。サ変動詞というのは便利な用法で、何でも名詞を動詞化してしまう。例えば、「告白をする」という語が「告白する」と動詞化され、さらに「コクる」と省略化された語さえ若者の間で使われている。「事故をおこす」が「事故る」となったように。(私はインプッドメソッドにEGBRIDGEを用いているが、「事故る」は既に変換辞書に登録されていて一発で変換された)
私自身、最近携帯電話のauのCM文句にある「メーる」という語法が気になっていた。おそらくは「メールを出す」が「メールする」と動詞化され、さらに「メーる」と簡略化されたのであろうが、これは言葉の変化の延長線上にあり、将来日常的に使われる可能性は十分にある。