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『おとなになる旅』

澤地久枝『おとなになる旅』(ポプラ社 1981)を読む。
著者の澤地さんは1930年生まれなので、51歳の時の著書である。かつての満州、中国の吉林省で過ごした子ども時代の思い出が綴られている。中国東北地方の田舎で、裸で過ごした小学校時代のエピソードや戦争が激しくなってきて学校から先生が召集されていく場面などが描かれる。

わたしは今までに、自分の難民生活について、あるいは引き揚げ体験について、ほとんど書いたり語ったりしていません。それはおとなたち、あるいはわたしたちの世代の人たちをふくめて、おおくの人たちの引き揚げ話が、みんな被害者意識で書かれていることへのやりきれなさからです。ほとんどが、ひどい目にあいました、ずいぶんつらい生活をしました、財産もなにもみんななくして帰ってきました、という視点で書かれていたからです。

でも、なぜリュックサックひとつになって帰ってきたのか。なぜ命からがらにげなければならない非難行があったのか。難民生活があったのか。その原点をさぐってゆけば、日本がよその国へせめていって、そこでその土地の主人のような顔をして暮らしていたことの結果なんですね。わたしは子どもで、そのことの直接の責任はおえません。しかし、侵略し支配した側にいた子どもであったということを、忘れることはできない。難民生活も引き揚げも、少女期にはいっていたわたしにとって、かなり試練であったとしても、わたしは被害者という気持だけではそのことは語りたくないの。

『やってみよ!国際ボランティア』

長谷川まり子『やってみよ!国際ボランティア』(双葉社 2001)をパラパラと読む。
著者は1965年生まれの女性で、30代でネパール農村部の女性のためのボランティア団体「ラリグラス・ジャパン」と出会い、後に代表となって人身売買被害者支援の活動を行うようになった”活動家”である。

前半は著者自身の活動や様々な国際ボランティアで活動している若者を取り上げ、後半はピースウインズジャパンや国境なき医師団、ハンガーフリーワールドなどが紹介されている。20年以上も前からミャンマーからバングラデシュに流入すロヒンギャを支援するブリッジ・エーシア・ジャパンというNGOがあったのは知らなかった。何事もとりあえず始めて、工夫しながら継続していくことが大切であると実感した。

『通関士になろう! 新版』

片山立志『通関士になろう! 新版:貿易実務のプロを目指すガイドブックの決定版』(PHP研究所 2001)をパラパラと読む。
著者は通関士養成機関のマウンハーフジャパンを立ち上げた人で、本書には通関士の将来性や仕事の醍醐味、国家試験の内容、合格術、合格体験記が収録されている。内容が分かりやすく、ぱらっと読んだだけだが、通関士業務の一端は知ることができた。

ただし、関税法や関税定率法、関税暫定措置法などに照らして、インボイスなどの申告書の作成が中心の業務で、AIで代替できるじゃんと思いながら読み進めていった。確かに通関業務の書類作成はAIで充当できるが、通関業務の知識や経験をいかしたEPA・FTAアドバイザーや運送代理店などでのコンサルティング業務は人間相手ものなので、必ずしもAIに取って替られる職業ではない。

学校現場では何度も繰り返されている議論であるが、知識そのものの多少や正誤を重視するのではなく、知識を活用する技能や、それらを応用する思考・判断・表現が人間には大切なのである。本書の狙いではないが、そうしたAI時代に必要な教育を考えるきっかけにすることができた。

『暗黒星』

江戸川乱歩『暗黒星』(ポプラ社 1971)をパラパラと読む。
表題作のほか、『二銭銅貨』という初期の短編も収録されている。
正直どちらも面白くなかった。『二銭〜』の方は1923年に発表された著者の処女作である。
『暗黒星』の方は、生まれた時にすり替えられたことが原因の殺人事件で、動機としては腑に落ちないものであった。また、『二銭銅貨』もたまたま歩いている途中で犯人のタバコと同じ銘柄の吸い殻を見つけるという突拍子も無い展開で、話に入り込めなかった。

『金融屋』

笠虎崇『金融屋:借金漬けにされる消費者たち』(彩図社 2007)を読む。
著者は埼玉県立川越高校から中央大学法学部を卒業し、大手消費者金融アイフルに就職し、不動産部門担保ローン部でトップセールスマンとなった。退職後、4ヵ月、アジアを放浪。帰国後、編集・ライター・カメラマンに転身した異色の経歴の持ち主である。

大手消費者金融といえど、貸付にあたっては銀行からお金を低率で借りて、返済能力や計画を審査し、金利や経費を上乗せして消費者に貸すという仕組みは変わらない。多くの銀行はバブル期に右肩上がりだった不動産を担保として貸付をしたために、バブルがはじけ、一気に回収不能な不良債権となり経営を圧迫した。その反省をいかし、サラ金業社の多くは回収不能の危険がありながらも無担保ローンを中心にしてきたという経緯がある。

著者は大卒の大手に勤務しているが、街金業社とのやりとりが興味深かった。大手はネットで申し込み、銀行振込など対面でのやりとりがどんどん減っている。一方、街金業社は対面返済にこだわり、客との会話や客の細かい様子の変化からアドバイスを行なっているという。
サラ金だけでなく、医療や教育にも通じる話かもしれない。

貸した客はちゃんと最後まで面倒をみなければいけない。そのためにはな、対面返済をさせなければダメなんだ。
昔ながらの街金にはな、人情があったものだ。客がこれ以上借金を背負わないで、きちんと返せるように、顔を突き合わせるたびに励ましたり、怒ったりしてな、客もそれを恩義に感じてきっちり返しにきたものだよ。今考えると、それはカウンセリングかもしれないな。