大学短大専門学校案内」カテゴリーアーカイブ

大学案内研究:白梅学園大学

白梅学園大学、白梅学園短期大学の大学案内(2014年度版)を読む。
名前のイメージなのか、白百合女子大やら津田梅子(津田塾大学創立者)の名前と混同しているのか、女子大だと思い込んでいた。
子ども学部の4年制大学と保育科の短大なので、女子が圧倒的に多いのだが、短大設立当初から共学であり、男性保育士や男性幼稚園教諭の育成では日本のトップを走っているのではないだろうか。

1942年東京府小石川に創立された東京家庭学園が母体となっており、1957年に白梅学園保育科を廃止して白梅学園短期大学が設立されている。1964年に小平にキャンパスを移し、心理学科や教養科、福祉援助技術科が後に開設されている。そして2005年に子ども学部子ども学科を有する白梅学園大学が開設されている。短大にあった心理学科と福祉援助学科をそれぞれ4年制大学の方へ移行させ、2009年発達心理学科、2010年家族・地域支援学科が開設されている。また、2008年には日本初となる子ども学研究科子ども学専攻の大学院が置かれている。ちなみに「子ども学」とは、「子どもをめぐって、人間に関するあらゆる学問領域を統合」し、「子どもの発達とケアを学問的な視点で捉える」という雲を掴むような学問である。子ども学で博士号が取得可能ということだが、保育学とも教育学とも違う新しい領域の子ども学博士は果たして食っていけるのであろうか。
キャンパスの置かれている小平市は学園都市であり、白梅学園大学の他、一橋大学、津田塾大学、武蔵野美術大学、嘉悦大学、文化学園大学の6つの大学が置かれている。

教育や福祉系の分野なので、資格や免許取得が大学での学びの中心となっている。子ども学科では保育士、幼稚園教諭1種、小学校1種の3資格、もしくは保育士、幼稚園教諭、社会福祉士受験資格の3資格を取得することができる。ただし保+幼+小の場合の4年間の総合計数は158単位であり、保+幼+社福の場合は184単位にもなる。発達心理学科でも特別支援学校1種、幼稚園1種、小学校1種の3つの資格をとることができる。複数免許取得のため、現場実習も早い段階から行われる。
資格をできるだけ取得させて社会に送り出すという一昔前の専門学校の教育方針がそのまま大学に移行してきたような雰囲気の学校である。全てのページに資格やら免許取得の話が紹介されている。幼稚園や保育園からの求人が数多く寄せられ、2012年度の就職率は大学で98.8%、短大で99.2%の数字を叩き出している。

この白梅学園大学は驚いたことに、AO入試を実施していない。子ども学科の場合、推薦入試(公募制)が1回、一般入試が3回とセンター利用入試だけである。「だけ」というのも変だが、ここ数週間ほど、複雑な入試制度の実施している大学のパンフレットを手にすることが多かったので、シンプルな入試形態が新鮮に感じる。

短大の流れがあるとはいえ、まだできて10年に満たない大学である。現在は小学校教諭の採用試験のハードルが低いので、どこの大学も小学校教諭養成課程だけは人気を集めている。しかし、あと10年経って小学校の採用試験が一気に厳しくなった時が大学の真価が問われる時である。比較的就職がしやすい福祉の方に軸足を移すのか、幼保一元化を見越した教育を行うのか、幼小連携を突き詰めていくのか、しかし小学校教員採用冬の時代が見え始めた現在、改革をいつやるのか、今でしょう。一寸流行に遅れてますが。。。

大学案内研究:日本体育大学

日本体育大学の大学案内(2014年度版)を読む。
1891年に日高藤吉郎が東京市牛込区に創立した「体育会」が母体となっている。1900年に日本体育会体操学校と改称され、文部大臣の監督を受ける各種学校となり、1941年日本体育専門学校が現在地の世田谷区深沢に開校している。1951年に体育学部体育学科が開設され、その後健康学科や武道学科、1975年には社会体育学科がそれぞれ開設されている。1971年には横浜郊外に大規模な施設やフィールドを備えた健志台キャンパスが開設され、体操以外の種目においてもトップアスリートを養成している。競技スポーツか体育教員養成だけの大学かと思っていたが、健康学科に社会福祉士養成のソーシャルサポート領域があったり、武道学科に伝統芸能領域があったりする。全学部全学科で保健体育の教員免許の取得が可能である。ちなみに日体独自の応援スタイル「エッサッサ」は1926年に完成している。

学科構成は大きく変わらないのだが、2012年に世田谷キャンパスの大規模な再開発があり、2013年に児童スポーツ教育コースと幼児教育保育コースが置かれた児童スポーツ教育学部が開設され、2014年には横浜健志台キャンパスに、整復アスレティック学科と救急医療学科で構成される保健医療学部の開設が予定されている。柔道専門学校を併設しているため、少子化の中ではあるが正当な拡充であると言えよう。
世田谷キャンパスと健志台キャンパス間はシャトルバスが運行され、1日6往復1時間5分かけて走っている。

近年のオリンピックにおいても、体操の内村航平、水泳の北島康介、女子サッカーの川澄奈穂美、レスリングの湯元健一、アーチェリーの山本博など次から次へと名前があがる。また、今年の元日に行われた第89回箱根駅伝では30年ぶりに総合優勝を果たしており、その特集記事も大学パンフレットに掲載されてりう。また、別に陸上部男子202名女子108名、サッカー部男子230名女子74名、硬式野球部男子236名女子2名、バスケットボール部男子111名女子70名、柔道部男子135名女子19名、剣道部男子106名女子46名、ライフセービング部男子60名女子40名、ラクロス部男子64名女子51名といった大人数クラブからエアロビクス、インラインホッケー、ダブルダッチサークル、スカッシュなどのマイナー競技まで、全76団体で構成されている。さらに両キャンパスに男女1つずつ4つの学生寮に加え、各運動部専用の寮が29所も設けられている。食事については栄養士のサポートがあり、世田谷の男子第一学生寮がエッサッサの太鼓が起床の合図となっているなど、24時間スポーツをやる環境としてはこの上ない。

入試は期待している選手を取りたいためか、少々複雑な制度となっている。トップアスリートAO入試や推薦入試などで、2013年度は全体定員1000名あまりのところ、830名が入学している。一般入試の合格者はそのあおりを食ってしまっているのか、平均5.07倍の倍率となり、454名が入学している。なぜか武道学科が一番人気がない。

就職状況はよく、就職希望者の決定率は92.5%となっている。一学年1000名あまりの定員に対して、2012年度実施の公立学校教員採用試験に339名の合格者を出している。全国の中学高校の体育を牛耳る勢力は今後とも伸張を続けそうだ。

大学案内研究:北里大学

北里大学全体の大学案内(2014年度版)を読む。
北里大学というと、世界的な細菌学者で、近代医学と衛生行政の発展に貢献した北里柴三郎が「創立」した大学というイメージが世間的には流布している。しかし、北里大学が開学したのは北里柴三郎が亡くなって30年後の1962年のことである。まず衛生学部が開設され、翌年から怒濤のように学部開設が続いていく。1964年に薬学部、1966年に畜産学部、1970年医学部、1972年水産学部、1986年看護学部と続き、1994年には衛生学部が改組され理学部と医療衛生学部が開設されている。
現在では、「生命科学の総合大学」を標榜し、生命現象を分子レベルで捉える理学部(物理学科、化学科、生物科学科)と、健やかで快適な生活を目指す薬学部(薬学科、生命創薬科学科)、医学部、看護学部、医療衛生学部(健康科学科、医療検査学科、医療工学科、リバビリテーション学科)、地球環境の保全や生物資源の有効な利用法をさぐる獣医学部(獣医学科、動物資源科学科、生物環境科学科)と海洋生命科学部の7学部が置かれている。他に新潟に北里大学保健衛生専門学校、埼玉県北本市に北里大学看護専門学校が併設されている。
2年次以降の獣医学部は実習施設の整った青森県十和田キャンパスに、2年次以降の薬学部は東京白金キャンパスで学ぶが、それ以外の全学生は1033床の大学病院の位置する相模原キャンパスで学ぶ。「チーム医療」を実地で学ぶ環境が用意されており、医療衛生分野では最高の環境と言っても良い。

別の学部パンフレットが用意されているので、詳細なカリキュラムなどは分からないが、どの学部学科も、充実した実習環境と「一般教養・人間性・学問の基礎→専門分野の基礎知識・専門性の習得→実習→卒業論文・研究・国試対策」という体系だった流れが説明されている。

北里大学は「日本細菌学の父」とも称される北里柴三郎氏を学祖と仰いでいる。北里氏はドイツに留学している時、ペスト菌を発見したり、破傷風菌やコレラの毒素を抽出したものをウサギに注射して、抗毒素を持った血清をヒトに注射することによって予防、治療するという血清療法を発見したりして、第1回ノーベル賞候補にもなっている。その彼が1892年に創立した私立伝染病研究所は、1914年に文科省に移管されることになる。それに抗議した北里氏ら全研究員は共に辞職し、私財を投じて北里研究所を設立することになった。詳細は不明だが、主に結核サナトリウム施設の流れを汲む付属病院を抱え予防治療の研究を細々とやっていたようだ。また、北里氏は福沢諭吉の亡き後、慶応大学に医学部を創設し、初代医学科長に収まっている。そして、1962年に北里柴三郎の名前を借りる形で、研究所と看護系の学校を母体に大学設立に至っている。北里氏自身は他大学である慶応大学医学部創立者であるため、北里大学は「北里柴三郎の学統を受け継ぎ、地球の未来へつなぐ」という意味の取りにくいキャッチコピーを用いながら、医学から生命科学へと守備範囲を広げ、差別化を計っている。

いずれにせよ、北里大学の成功は50年前はド田舎であった相模原郊外にだだっ広いキャンパスを構え、教養部を置いたことであろう。これによって後の学部増設が容易になり、サークル活動の活性化や付属病院との連携もできるようになった。
理事会が適正に運営され、付属病院の利益を学生に還元され、学費がもう少し安くなってくると魅力的な大学となろう。

大学案内研究:高崎商科大学・高崎商科大学短期大学部

高崎商科大学・高崎商科大学短期大学部のパンフレット(2014年度版)を読む。
高崎市にある公立大学の高崎経済大学とかぶってしまうが、全くの別物である。
1988年に開学した高崎商科短期大学が元となり、2001年に4年制の流通情報学部を置く高崎商科大学が開学している。2006年に大学院が開設され、現在では商学部商学科のみの高崎商科大学と現代ビジネス学科を置く高崎商科大学短期大学部が設置されている。

やはり近隣の高崎経済大学を意識しているようで、センター特待制度や、国公立大学との併願が可能な特待生試験が設けられている。都内の早稲田大学や中央大学なども上位の国立大学不合格者の受け皿としてセンター利用試験合格者を増やしている昨今、高商大のこうした制度は戦略としては間違っていないと思う。むしろ高崎経済大学にとってはよい刺激となるであろう。また、空手道部が強化指定を受けている。

4年制の方は入学後に、流通・マーケティング、情報・メディア・eビジネス、経営・経済、会計・金融、観光・ホスピタリティ、地域・国際・キャリアの6つのコースに分かれ、それぞれ専門科目を学んでいく。コース内で選択の余地はないが、他のコースも組み合わせることができるようになっている。

この大学の売りは、公認会計士や税理士試験予備校として有名なTACや会計教育サポート、教員採用試験の合格実績に定評のある東京アカデミーと連携して、学内にWスクール専門の校舎を用意し、割安な料金で受講できるPCDプログラムという体制である。公務員プログラム、会計士・税理士プログラム、教員プログラムに加え、3回の留学でTOEIC800点以上を目指すバイリンガルプログラム、人気企業内定獲得目指すアドバンスキャリアプログラムなどが用意されている。また、成績優秀者は受講料免除などの特待制度が用意され、受講した科目が最大で26単位も卒業要件単位として認められる。また、キャリア支援は充実しており、1年次より全6回の実践SPI講座が設けられ、2011年度で就職希望者130名のうち、124名が就職している。

短大の方は、医療事務・ドクタークラーク、健康・スポーツ・ビューティー、ホテル・観光・ブライダル、経営・会計の4つコースが設けられている。カリキュラムなど見ても中身はないのだが、顔写真入りのきらきらしたおしゃれなレイアウトで、学びや職業のイメージはよく伝わってくる。2011年度で就職希望者111名に対し、就職者106名という実績を出している。

2013年5月現在、収容定員800名に対し在籍は689名であり定員は満たしていないが、キャンパスの位置や歴史を考えれば、十分健闘していると言ってよいだろう。
群馬県内に大学は少ないので、地元の群馬県、埼玉県北部の高校生にとって、高崎経済大学の一番手の受け皿として延命していくのであろう。同じ市内の高崎健康福祉大学との合併ないし連携という形を取れれば、医療系と経済商学系でスケールメリットが出てくると思うのだが。学校法人なので株式会社のM&Aのようにうまくはいかないであろう。

大学案内研究:東京情報大学

東京情報大学のパンフレット(2014年度版)を読む。
「東京」と名が付いてものの「東京ディズニーランド」と同じで東京にはない。新設の小規模大学かと思っていたが、1988年に設立され、創立26年を迎える募集定員500名の中規模大学である。東京農業大学や付属高校を運営する学校法人東京農業大学が母体となっている。設立された1980年代後半というと、おそらくはバブル景気華やかりし頃で、団塊ジュニア世代を抱える世帯が郊外にどんどん家を構えていった時期である。団塊ジュニア世代が食いつくような学部を用意したのであろう。開学当初は経営学科と情報学科からなる経営情報学部として出発している。その後、1992年に大学院が開設され、情報文化学科や環境情報学科などの改廃があり、現在では、12コース制の総合情報学部総合情報学科の1学部1学科構成となっている。
キャンパスは千葉駅からJR総武線、都賀駅で千葉都市モノレールに乗り換え、千城台駅で降りて、バスで7分という不便な場所にある。千葉駅から25分の直通通学バスが1日8往復運行されている。また、東京駅からも1日に11本も大学正門前を通る高速バスが運行されている。

心理・教育、スポーツマネージメント、起業・商品開発、会計・金融、社会コミュニケーション、CG・Webデザイン、映像・音響、千葉地域構想、地球・自然環境、システム開発、ゲーム・アプリケーション、ネットワーク・セキュリティの12コース編成である。情報とは畑違いのようなコースも設置され、数学や情報、商業などの教職課程も置かれている。500人規模なので、そのスケールを生かした科目の設置が可能なのであろうが、体系的な学びという点では疑問が残る。
なお、世田谷にある東京農業大学の授業も無料で受講できる制度があるが、活用している学生はほとんどいないであろう。

コースの選択については丁寧になっており、1年次の前期は全員共通科目を学び、1年次後期から2年次前期までは12コースを横断的に学び、2年次後期からプレコース選択、3年次よりコースと研究室を決定する仕組みとなっている。少しでも研究室とのミスマッチを防ぐ仕組みが整っている。また3年次後半より、コースを横断するプロジェクト研究も実施されている。

東京農業大学の源流は、明治時代に主要大臣を歴任した榎本武揚が創設した「育英學」にまでさかのぼるそうだ。
東京農業大学や付属高校が黒字なので大した経営努力、授業工夫をしなくても生き残っていけるであろうが、若手の教職員を中心に、もう少し理念や目的を絞って、単体でも黒字になるような将来性を打ち出す必要があるのではないか。