久しぶりに面白いと断言できる小説を読んだ。
ひとつは辻仁成『ピアニシモ』(集英社文庫 1990)である。
すばる文学賞を受賞したこの作品は辻仁成の処女作である。中学3年生の男子生徒が内面にもつ暴力性・衝動性が巧みに描かれている。青春ドラマに付きものの激しい文体ではなく、淡々とエッセー風に話は展開していく。しかしその淡白さが都会生活の中学生のフラストレーションをうまく醸し出していた。また島田雅彦の解説がそのままこの作品をうまく評している。
処女作には締め切りがない。締め切りがない作品はとにもかくにも何かを信じて書くしかない。自分の才能を? あるいは自分の成功を? 世間に対する自分の悪意を? そうした信念は別に誰のお墨つきももらっていない。いうなれば、全く根拠のない信念である。処女作が後続の作品に較べて輝きを放つのは、一つにはその根拠のない信念の強さゆえである。
島田氏はこのように述べるが、私も同感である。辻氏の以後の作品を読んだことはないが、おそらくこの『ピアニシモ』の持つ勢いを越える作品を生み出すことは難しいだろう。決して彼の才能を疑っているのでなく、それほどこの作品の放つ「輝き」は際立っている。