石坂啓『赤ちゃんが来た』(朝日新聞社 1993)を読む。
漫画家である著者が、自身の出産体験や、仕事を抱えて育児に悪戦苦闘する姿を赤裸々に語る。そして、育児を通して改めて社会観が変わったと著者は述べる。
私が妊娠・出産したのに合わせて、周辺にいきなり赤ん坊が多く出現するようになったのだろうか。そうではあるまい。これまでだって同じように、買い物したり散歩したりする妊婦や親子がいたはずなのだ。これまでの私には彼らの姿が視界の中に入ってこなかったのだろう。同じ風景を見てても、私には見えていなかったのである。赤ん坊のことなど一向にかまってなかったのである。(中略)そう気づいてみると、世間のことをいろいろ見て知ってるつもりでいたこれまでの経験が、かなりあやしくなってくる。(中略)赤ん坊が大きくなったら、たぶん街の中に子供たちの姿が、もっと浮上してくるのだろう。自分がからだを悪くしたとしたら、街を行く人の中に障害のある
人を多く見つけるのだろう。自分が年寄りと暮らしてたとしたら、もっと老人の姿が気になっていたに違いない。今の私に見えていない、見落としているはずの風景が、気になるようになった。世の中のことをどんなふうに見すえるかは、その人の器にかかっているのではないか。