月別アーカイブ: 2018年3月

『偽偽満州』

岩井志麻子『偽偽満州』(集英社文庫 2007)を読む。
1931年(昭和6年),関東軍が満州事変を契機に満州を支配下に収めた頃,岡山の片田舎から満州まで流れ着いた女郎・稲子の性愛たっぷりの逃避行生活を描く。一昔前の日活ロマンポルノのようなペーソス漂う作品であった。
幻の男を追いかけ,大連,奉天,新京,哈爾濱と流れていく稲子の崩れていく様子は,そのまま石原莞爾の宣伝に乗っかり豊かな生活を妄想し大陸へ渡って来た日本人の姿と重なる。

 途方もない赤い大地を疾駆する,鋼鉄の機関車。そして壮麗な駅舎。あれは野望と希望の象徴として作られたのだ。どこにも行ける夢の乗り物として,この大地に建設されたのだ。
だが,終着駅が用意されていることを,忘れていた。乗った人間すべてが,最も相応しい駅に降りられるかどうかは,誰にも分からないのだ

『「地名」は語る』

谷川彰英『「地名」は語る:珍名・奇名から歴史がわかる』(祥伝社黄金文庫 2008)を読む。
滋賀県の「浮気(ふけ)」や長野県・富山県の「野口五郎岳」,徳島県の「十八女(さかり)」など,日本全国の面白い地名を持つ土地に実際に訪れ,その土地の雰囲気や地名の由来をわかりやすくまとめている。
この手の本にありがちな,他の文献をまとめただけの机上の雑学本とは異なり,著者自身が撮影した写真もふんだんに紹介されており,旅行記としても楽しむことができた。

『ドラえもん のび太の宝島』

真ん中の子と下の子と一緒にララガーデンで,今井一暁監督・川村元気脚本『ドラえもん のび太の宝島』(2018 東宝)を観た。
宮崎駿原作・脚本・監督の『天空の城ラピュタ』(1986 東映)を彷彿させる作品で,全編ドタバタ劇が展開される。ドラえもんの映画というよりも,ドラえもんのキャラクターを使った脚本ありきの映画になっている。違和感を感じる向きもあるだろうが,新たな友人との出会いやかわいいキャラクターの登場,食事や睡眠のシーンなどドラえもん映画からは外せない要素もたっぷりと盛り込まれ,最後まで飽きることなく楽しむことができた。

『テリー伊藤の怖いもの見たさ探検隊』

テリー伊藤『テリー伊藤の怖いもの見たさ探検隊』(光文社 1997)を読む。
雑誌「宝石」1996年10月〜1997年9月にかけて連載された内容である。
日本全体が平板化されてしまい,都会も田舎も変わらない風景になった現代において,未だに独自の世界観を保ち続ける組織や闇の社会に,「虎穴に入らずんば虎子を得ず」の精神で切り込んでいく。総会屋,交通刑務所,日本相撲協会,警視庁公安部,海上自衛隊護衛艦,自由民主党,現代ヤクザ,東大法学部,草加学会,東京都庁の11の「神秘的な領域」に対し,体当たりで突っ込み,話を引き出していく。公安刑事の給料の安さを嘆くところや岩國哲人氏の持論である「東京埼玉合併論」など,面白い話が多かった。

『自転車ツーキニスト』

疋田智『自転車ツーキニスト』(光文社知恵の森文庫 2003)を読む。
『自転車通勤で行こう』(wave出版 1999)に加筆修正された文庫本である。自転車に関するよもや話よりも,自転車通勤が好きなテレビディレクターを生業とする著者の社会観や仕事観に紙幅が割かれている。外交官批判や中米ホンジュラスで活躍する日本人女性の話など興味深かった。
後半,著者は次のように述べる。

自転車というのは,精査無用の20世紀が誇る技術だと言える。何に負担をかけるでもなく,自らの力で,人間の移動範囲を画期的に伸ばす。実に素晴らしい。これをもっと活用する方法はないのかと思う。特に東京のような大都市においては,必ず有効に作用する。私はそれを断言するつもりだ。
大袈裟なことを言うならば,社会全体として自転車を使いやすい街を作るべきなのだ。アムステルダムをはじめとする西欧の東側や,北欧の諸国の町々はすでにそうなっている。
日本という国は,戦後,「撤退」を知らずにここまで来た。
今の不景気は,ひょっとしたら「撤退」するのにちょうどいいチャンスだ。便利さ追求から少し撤退してみるのだ。そしたら,本当に必要なものが見えてくる。本来の気持ち良さが分かってくる。

本論とはいささか離れるが,著者が新婚旅行で「ニューカレドリア1番の豪華ホテル」に宿泊したにも関わらず,一人読書に耽る場面での妻とのやりとりが面白かった。

「いや,以前もこういうことがあったんだ。取材で行ったロスアンジェルスでさ,2日間ぼっかりとスケジュールが空いちゃって。カメラクルーやスタッフが皆んな現地の人だったからさ,みんな家に帰っちゃって,俺,一人っきりになっちゃったんだよね。で,ロングビーチで一人寝そべって読んでたんだよ」
「何を?」
「立花隆の『中核と革マル』」
「……」
「そういうシチュエーションだと,本の内容が異常に頭に残るんだよね。目の前はすごく綺麗なビーチなんだけどさ,本の中では過激派の闘士がが鉄パイプやバールを振り回してるの。はは,だから,俺,ロングビーチというと必ず学生同士の内ゲバを思い出しちゃうんだよね」