月別アーカイブ: 2016年5月

『狼に育てられた子』

J.A.L.シング『狼に育てられた子:カマラとアマラの養育日記』(福村出版 1977)を3分の2ほど読む。
教育心理学の授業や教職課程の教科書で、人間の言語習得の臨界期や人間の可塑性の項目で必ずと言っていいほど挙げられる資料である。ちょうど100年前のインドで、狼のほら穴から発見され孤児院に引き取られた推定8歳のアマラと推定1歳半のカマラの養育(観察)日記となっている。シング夫妻の人間として育てようとする献身的な思いがよく伝わってくる。
しかし、ネット上で検索すると、この逸話はシング牧師による創作が多いようで、狼に育てられたという点については否定的意見が大半を占めている。確かに犬歯が異様に発達しているとか、暗闇の中で目が青いぎらぎら輝き出すとか、興奮すると耳の色が変わるとか、信ぴょう性に欠ける記述が気になった。

『十八歳、海へ』

中上健次短編集『十八歳、海へ』(集英社文庫 1980)を少し読む。
表題作ともなっている『十八歳』『海へ』の2作の他、1960年代後半の時代の雰囲気を感じる短編5作が収録されている。
詩的小説というか、比喩表現巧みに登場人物の心模様が描かれるのだが、疲れた頭には上手く染み込んでいかなかった。
作者の生き方や考え方には共感するところが多いので、時間があるときに他の作品を読んでみたい。

杉戸あぐりパーク

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子ども3人と一緒に自転車で杉戸のあぐりパークへ出掛けた。
自転車で行くのは初めてだったが、下の子の運転も上手くなったので、安心して往復10キロ弱の道のりを走りきることができた。
途中田んぼのあぜ道を走ったり、用水路沿いの一本道を駆け抜けたりして、くさくさした気持ちも風と一緒に飛んでいった。
寒くもなく真夏の蒸し暑さもなく、自転車日和の一日であった。

「基地のない沖縄へ 踏ん張って戦う」 辺野古抗議で拘束 目取真さんが講演

本日の東京新聞朝刊に、目取真俊さんの講演の記事が掲載されていた。「今後も拘束されることがあるかもしれないが、組織的な支援態勢をつくり、権力の弾圧をはね返す強さが必要だ」という目取真さんの言葉に、運動の仲間の結束の強さをひしひしと感じる。本日の朝刊は他にも壕(ガマ)の平和教育や小林節氏らが立ち上げた政治団体「国民の怒りの声」の記事、大学の非常勤講師の待遇など読みどころが多かった。

medoruma

 米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の名護市辺野古(へのこ)移設への抗議活動中に拘束、逮捕された沖縄県在住の芥川賞作家、目取真(めどるま)俊さん(55)が十四日夜、東京都内で講演した。目取真さんは「今後も拘束されることがあるかもしれないが、組織的な支援態勢をつくり、権力の弾圧をはね返す強さが必要だ」と訴えた。

 目取真さんは、日本の米軍基地の多くが沖縄にある現状について「沖縄が基地を誘致したわけではない。沖縄は基地のおかげで潤っているというような言説があるが現状は違う。基地がない方が沖縄の観光のためになる」と語った。

 目取真さんは四月一日、米軍キャンプ・シュワブ周辺の立ち入り禁止区域に許可なく入ったとして、米軍に約八時間拘束された。その後、中城海上保安部に逮捕されたが、那覇地検は翌日、処分保留で釈放。目取真さんは今月十二日、拘束は適正な手続きを取っておらず違法だとして、国に慰謝料など約六十万円を求め、那覇地裁に提訴した。

 講演で目取真さんは「拘束中に弁護士との接見を何度も求めたが聞き入れられなかった。治外法権の怖さを、身をもって体験した」と振り返った。「努力を怠ればもっと悪い状況は着実にやって来る。踏ん張って戦わないといけない」と決意を新たにした。

 講演会を企画したのは、精神科医の香山リカさんと作家の中沢けいさんらで、講演後に「路上で抗議する表現者の会」を設立。香山さんは「不当に逮捕された表現者を支えるネットワークをつくりたい。萎縮ムードに一矢報い、表現者が政治的発言を自由にできるようにするのが私たちのゴールだ」と述べた。

『今昔物語集・宇治拾遺物語』

小林保治訳『今昔物語集・宇治拾遺物語』(現代語訳学燈文庫 1992)を手に取ってみた。
ちょうど宇治拾遺を扱うので、教材研究の一環としてページを開いてみたものの、ここしばらくの肉体的精神的疲れがピークに達しているため、本文は読まずに今昔と宇治拾遺の概略の説明だけ目を通した。その解説の最後にあった「お疲れの折には、説話集を繙いてくつろいで下さい」という一文が妙に印象に残った。

訳者は私の学生時代の中世文学と教育実習演習の担当教員であった。中世文学の方はあまり授業に出た記憶がないが、教育実習演習の方は実際教壇に立って30分ほど模擬授業を行うので、5年間で唯一真面目に出席した講義だった。しかも珍しいことに模擬授業の参考資料として中野重治の詩を取り上げた点を評価されたため、訳者の優しい語り口が朧げながら耳に残っている。
訳者の「お疲れの折には、説話集を繙いてくつろいで下さい」という言葉が、20年という時間を挟んで身に沁みてくる。