本日の東京新聞朝刊に「都バス一筆書きの旅」と、1日乗車券500円で東京23区を満喫できる旅が紹介されていた。
日別アーカイブ: 2015年9月23日
東京都心をポタリング その3
漱石公園の向かいに、私が20年前に住んでいたアパートがある。
20年前、私は漱石公園の前にスクーターを止めていた。また、深夜にタイマー片手にムエタイロープで縄跳びをしていた。
確か12,3年前の深夜に、ドライブの帰りに立ち寄ったことがある。その時も、こんなボロアパートが残っているのかと驚いた記憶が残っている。
それからかなりの年月が経っているので、とっくに潰れているかと思いきや、20数年前の出で立ちのまま鎮座していた。また、偶然なのか、神のお導きなのか、普段は閉じられている門がたまたま開けられており、担当のおじさんが建物のチェックをしていた。話を聞くと、オーナーが亡くなられて、競売に掛けられているということだ。事情を話してアパートの中を見せてもらった。
いや〜、驚いた。私が20年前に住んでいたアパートそのままであった。鍵も掛かっていなかったので、部屋にも入ることができたのだが、私が出てから誰も入居していなかったのであろうか、私が退去時に大家さんにチェックしてもらった時の状態のまんまであった。本を積み上げていた畳の凹みまで見えたような気がした。時代の変化を感じることが多い昨今であるが、20年前の学生時代にタイムスリップしたような変な感じであった。
また、共同便所の真ん前に部屋があったのだが、玄関に立ち込める饐えたような匂いも全く変わらなかった。共同便所のドアと自分の部屋のドアがぶつかる建て付けの悪さも、今や懐かしい。20年前の当時ですら、昭和を感じる古めかしさだった。大家さんも当時70歳くらいで、火の用心の拍子木を叩いていた。そういえば、隣アパート(と言っても、窓から手を延ばせば届いてしまうくらいの距離だが)から般若心経が聞こえてきたっけ。
あと数ヶ月で潰されてしまうのであろうが、最後に見て、触れて、さらに匂いを味わうことができて良かった。
自転車の旅ならではの出会いであろう。車であれば通り過ぎてしまう風景に、触れ合うことのできる自転車での旅をこれからも大切にしたい。
東京都心をポタリング その2
国会議事堂から、国道246号に入り、とらやの前を通り青山一丁目のスタバで一息つく。
その後国立競技場の造成地が見たいと思い、神宮外苑に足を延ばす。
工事現場は、外部者が入ったり工事の様子が見られたりしないように、周囲が全て厳重に覆いでガードされていた。
ここまで国民の目線をブロックして作られる「国立」競技場とはいかなるものか。
ここまで揉めたのだし、東京圏内に代替施設は多数あるのだから、思い切って誰もが反対をしない里山的な自然そのままの公園にしてしまってはどうか。ネットで調べたところ、明治神宮の森も明治天皇が亡くなった後に、荒地から草木を植えて新たに造成した土地ということだ。競技場作りで争う人間の醜い姿を俯瞰するように、悠久の自然そのものと触れ合う公園にするというのは妙案だと思うのだが。
そうなると、せっかくできた大江戸線の国立競技場駅の駅名も変えなくてはならないか。
神宮を抜けて新宿御苑の周りを走った。新宿高校の校舎やグランドは大学のようであった。
学生時代に何回か訪れたことのある新左翼系の書籍や新聞などが充実している模索舍に立ち寄った。
約20年ぶりであったが、往時と全く変わらない店の様子に、なんとも言えない安心感を感じた。経営は苦しいであろうが、運動を下支えする存在として頑張ってほしいものである。
まだ、日没まで時間があったので、帰り際に早稲田南町にある漱石終焉の地として知られる漱石公園に立ち寄った。
新たな観光開発なのか、20数年前まで見捨てられたような公園が俄かに脚光を浴びて、職員が常駐する資料館が建てられ、新たに記念館の建設が始まっていた。