月別アーカイブ: 2006年8月

『理由』

宮部みゆき『理由』(朝日新聞社 1998)を読む。
第120回直木賞を受賞し、映画化やドラマ化もされているベストセラーである。横溝正史作品のようなどろどろした人間模様を背景とした長編で、真夏の寝苦しい夜にソファに横になりながらページを繰っていった。いわく付きの競売を巡って起きた一家四人殺人事件に絡まざるを得なくなった人間のドラマを丹念に描きながら、現代の冷淡な家族像や心もとない人間関係の在りように鋭い問題を投げ掛ける。宮部さんの筆力に改めて敬意を表したくなるような完成された作品であった。最後の最後の場面で、殺人事件とは直接関係のない中学生の登場人物が次のように発言するくだりがある。

「僕、おばさんたちのところに間借りさせてくれって頼んだことあったでしょう? あのときは、うちの両親よりも、おじさんやおばさんの方がずっと暮らしやすいって思ったから、頼んだんだ。親よりも、他人のおばさんたちの方が楽だったんだ。八代祐司も、実の親よりもおじさんおばさんの方がよかったんでしょう。それは僕も同じじゃない?」
「だからね、そうやって僕がおばさんたちとずっと暮らしていったら、やっぱり成人しておばさんたちが邪魔になったとき、僕もおばさんたちを殺したんだろうか」

作者は、煩わしい人間関係を「リセット」してもよいと考える子どもたちが生まれつつあるという本当の恐怖を、最後に読者の元へ手渡しているのだ。「理由」のある殺人は許すべからざることである。しかし、「理由」のない殺人は怖い。

「いないいないばあっ!」

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5ヶ月を越えた娘がテレビに興味を持つようになった。その中でもNHKの「いないいないばあっ!」という子ども番組を体をいっぱいに反らせて食い入るように見ている。犬のワンワンと10歳の女の子ふうかちゃんと不思議な音楽キャラのうーたんの3人が音楽に合わせて画面の中をせわしく動き回る番組である。子どもと一緒に体操する「ぐるぐるどっか〜ん!」や「はじめてはじめて」などノリの良い曲が多く、私も娘の耳元で一緒に歌っている。娘はうーたんが好きなようで、画面に出てくると「ぐぅっ」と声をあげて喜んでいる。

□ KIDS WORLD – 番組紹介:いないいないばぁっ! □

芸術とは何か

本日の東京新聞夕刊の特集「土曜訪問」に日本画家の千住博さんのインタビューが掲載されていた。
千住博氏は弟に作曲家の千住明さん、妹にヴァイオリストの千住真理子と「芸術家三兄弟」の長男にあたる人で、幼い頃から幅広く芸術について考えてきた人である。
彼は、芸術について次のように述べる。芸術とは何かと煎じ詰めていったら永遠に話は尽きないが、一言でまとめると彼の発言のようになるのだろう。

芸術はイマジネーションのコミュニケーション。話の通じない相手になんとか伝えようとし、相手の身になって想像し考えることが、芸術の出発点であり到達点。現代にこの芸術力をよみがえらせたい。

「The Best Track」

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葉加瀬太郎のベストCD「The Best Track」(2002)を近所のCDレンタルの店で借りて来て、ここしばらく車の中でずっと聴いている。
テレビで散見する限りでは、「高田万由子と結婚したヴァイオリンを手にするレゲエ風のおじさん」という消極的な印象しかなかったが、彼の奏でる音楽を聴いてその印象は一変した。ヴァイオリンというおっとりした雰囲気のある楽器をメインにしながら、お洒落で耳に残る旋律が心地よい。ドライブ中やカフェで聴くのにぴったりの曲ばかりである。葉加瀬氏はテレビゲームの「FINAL FANTASY 12」の曲も作っているそうだが、彼の曲を聴くためだけにゲームをやってみたいと思わせるほど、彼の曲には訴える力を感じる。

『チーズはどこへ消えた?』

スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた?』(扶桑社 2000)を読む。
派手な宣伝文句の割には、大した内容ではなかったというのが正直な印象である。著者は、小人とネズミの寓話を通じて、古い企業や組織、環境にどっぷりと浸かってしまうと、変化の兆しを見逃し、自分自身のスタイルを変えていくことが臆病になってしまう。そこで、変化の著しい現在においては、変化に素早く適応し、変化することそのものを楽しむことが大切だと説く。自分も周囲も変わらないことで貯めこんでしまうストレスよりも、変化していくことの不安の方がきっと楽しいし、報いもあると述べるのである。確かに自分の現在の環境を鑑み、「そうだな」と首肯する点も多々あるが、そうした一面的に物事のベクトルが定められないことの方が多いのではないか。著者は巻末で「物事を簡潔に捉え、問題を複雑にしすぎないこと」と付け加えているが。