井伏鱒二『黒い雨』(新潮文庫 1970)をパラパラと読む。
広島長崎原爆投下の日に合わせて手に取ってみた。
戦後20年を経て、原爆後遺症に悩まされながら、1945年8月5日から15日までの10日間の広島での「被爆日記」を清書しなおすという形で、20年経っても脳裏に焼きついている黒い雨の下での苛烈な体験を浮かび上がらせている。
解説の中で紹介されていたのだが、井伏氏は次のような文章も残している。どぶのなかに残したままの青春のかけらという一節が印象に残る。
私は学生時代の六年間、ときには例外もあったが殆ど早稲田界隈の下宿で暮し、学校を止してから後の四年間もこの界隈の下宿にいた。したがって私は青春時代の十年間、この界隈の町に縁があった。云いなおせば私は青春という青春をこの辺のどぶのなかに棄ててしまった。いまでもこの町の裏通りを歩いていると、見覚えのある穢いどぶのなかにはまだ自分の青春のかけらが落ちているような気持がする。