麻生和子『父 吉田茂』(新潮文庫 2012)を読む。
著者存命中の1993年に刊行された本の文庫化である。文庫のあとがきには著者の長男の麻生太郎氏が寄稿している。
吉田茂というと「ワンマン宰相」であり,自民党の親父的なニュアンスで巷間伝えられている。しかし,政治的には確固たる信条を持ち合わせており,とりわけ再軍備については「満州事変」の繰り返しになることを恐れ,愚の骨頂だと断じている。ダレス国務長官の再軍備の提案も頑固に突っぱね,米軍の庇護のもとに一刻も早く独立を果たし,経済で勝つ日本を目指した。
また,共産主義嫌いでも知られ,「共産主義に対する,いちばん大きな歯止めが農地改革なんだよ」と繰り返し口にしていたとのこと。地主の所有する代々の土地を強制的に取り上げ,農民に分配するというのは保守政治家の選ぶ政策ではない。しかし,吉田は「農地改革というものをやって,みんながそれぞれ自分の土地をもてるようにすれば,誰も土地を共有のものにしようなどとは思わないはずだ」との目論見で,自由党内からの反対も抑え込んでいる。
そうした彼の政治姿勢に照らしてみると,彼の有名(?)な「若いときに共産主義にならないのはバカだけど,年取ってからなお続いて共産主義であるのはもっとバカだよ」のセリフの意味が分かってくる。
吉田家の養子として育ち,大久保利通の孫娘を嫁に貰いながら,金銭的には相当苦しかったようで,自分の娘の嫁ぎ先の麻生家の援助で政治家人生を食いつないだ人物で,古き良き自民党の政治家だったと思う。吉田が様々な手管で地元の有権者の買収に熱を上げる昨今の政治家を見たらどう思うだろうか。
昭和天皇やマッカーサー,鈴木貫太郎,幣原喜重郎,鳩山一郎,池田勇人,佐藤栄作ら,時代を彩る政治家との私的な交流の場面が興味深かった。しかし,東条英機や岸信介については一言も触れられていない。個人的な確執があったのだろうか。