技術の話で思い出したが、先日永六輔のラジオ番組で埼玉の行田にできるものつくり大学の話が出てきた。ものつくり大学はKSDの問題とセットで報じられたのでマイナスイメージが付きまとうが、建学の理念である、手を使って何かを作り出すことの大切さを伝えたいというメッセージは耳に残った。最近の高校生の憧れる職業の上位に大工や花屋が入っているが、ここ三十年程軽視されてきた手を使って材料を組み立てて一からものをつくるという極めて現実的な作業が、彼らには新鮮に映るのだろう。手を使って何かをつくる作業に没頭するという経験が、子供が自然と離れ、そしてテレビゲームが家庭に入ってきて希薄なものになっている。
昨年の全教の全国大会の議論の中で、教育の根幹は、「子供に自己肯定観と達成感を与えることだ」とあったが、まさに手を使っての作業にこそ、今後の教育の理念が隠されているのではないだろうか。竹馬や竹とんぼや花飾りを作ったり、プラモデルやジオラマを集中して作り、それを周りが理解するという当たり前のことが忘れ去られて久しい。翻って考えてみて現在の教育でそのような「つくる」という感覚をどれだけ重視しているだろうか。「新しい歴史」までつくる必要はないが、各教科、教科外教育の中でで頭よりも手を使うことの大切さを教えていくことが求められるだろう。