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「なんとなく改憲?」

本日の東京新聞夕刊に、作家高村薫さんの「なんとなく改憲?」と題したコラムが載っていた。
憲法は国民が主権者であることを保証したものであるで、改憲の権利も国民全体が握っていると述べる。しかし、一票の格差を放置した上で、米国に突き動かされた一部の議員の勢力だけで安易に憲法を変えることができる今回の国民投票法のからくりを批判する。

憲法は私たちとともにあり、時代や社会とともにあるのだから、私たちが欲すれば、変えることはできる。しかし私たちには、いま憲法を変えるような理由があるか。アメリカと一心同体にならなければ困るような状況が、どこかにあるか。阿倍政権は、美しい国を連呼するだけで、国民のために憲法改正を急ぐべきことの合理的な説明をしていない。そういう政権にそもそも憲法をいじる資格はない。

国民投票法案

本日の東京新聞朝刊に、政府が憲法改正の手続きを定める国民投票法案の成立の目処が立ったことに伴い、小・中・高校で主権者としての政治参加の重要性について理解させる「主権者教育」を充実させる方針を固めたとの記事が載っていた。
政府は、選挙権を20歳以上と定める公職選挙法を「18歳以上」に引き下げる改正案を提出するとのことである。選挙権が18歳以上に引き下げられれば、高校在学中に選挙権が行使できる生徒が出てくるため、小・中学校の社会や高校の「現代社会」「政治・経済」での教育内容を充実させ、早い段階から主権者意識を高める教育を目指すという。

ここ10数年、少年法や児童福祉法など18歳、19歳の少年少女の「保護」が取り払われ、義務や罰則など大人と同じ論理が導入されつつある。しかし、一方で選挙権は20歳以上に固定されたままで、権利と義務のバランスを著しく欠いていた状況が続いていた。国民投票法案云々の流れを全く抜きにして考えるに、いたずらな教育に対する政治介入をもたらさない限りは歓迎すべきことであると思う。

東京都知事選

本日東京都知事選の立候補者が告示された。東京新聞では、3選を目指す現職石原真太郎氏と、前宮城県知事浅野史郎氏、共産党推薦吉田万三氏、建築家黒川紀章氏、ドクター中松氏ら4人の新人候補との対決がクローズアップされている。しかし、実際の選挙には泡沫候補を含めて14人も名を連ねているのだが、マスコミからは蚊帳の外に置かれている。
しかし、「その他」の中に、『僕の高校退学宣言』の著書で有名(?)な外山恒一氏が立候補していた。90年代半ば頃は新左翼崩れのアナーキスト系活動家と思っていたが、ホームページを卒読する限り、現在では国家権力に断固抗するファシストを目指すということだ。現職石原真太郎氏が「東京から日本を変える」とスロガーンにしているが、もし万が一外山氏が都知事になったら、彼こそ確実に東京は変えてしまうであろう。
果たしてこの先、一体、彼に何人の人たちが賛同の意を表明するのか注目していきたい。

□ 前衛政治家・外山恒一ブログ □

本日の東京新聞夕刊

本日の東京新聞夕刊に、知的障害を抱えた二男を殺害した72歳の父親の裁判の悲痛な記事が掲載されていた。
新聞記事によると、被告の男性は定年後もローンの返済のため働き、日常生活にも常時介護が必要な先天性の脳性まひを抱える32歳の二男の面倒をみていたということだ。しかし、昨年7月に日常生活や授産施設への送迎などの面倒をみていた妻が末期ガンで入院したことで、「家内がいなくなったら、二男は一人では生きていけない。私も年でこの先長くない。二男を殺して自分も死のうと思った」と考え犯行に及んだしまったようだ。当日は朝から二男とテレビを見て、昼食はラーメンを作り一緒に食べ、午後、長女の不在を確認してから二男の胸にナイフを突き刺したそうだ。犯行時の父と息子の模様を思い浮かべるだけで胸が詰まる。二男は「痛いよ、父ちゃん」とつながった言葉を話したことに被告の父親は驚き、「後から行くから待ってて…」と答え自分の胸も刺したとのこと。

被告は最終意見陳述で「二男は私の半分も生きていない。これからいいこと、楽しいことがたくさんあったと思います。子供たちの幸せをめちゃめちゃにした父親は失格です。一生償っていきたい」と述べた。
検察側は「介護の悩みから逃れるための安易で短絡的な犯行」と懲役十年を求刑したとのことだが、果たして本当に責められるべきは当の父親であろうか。貧困な福祉行政しか展開できていない市や県の責任は? そうした市長や県知事、議会を選択している私たちはどうなの?

「試される憲法」

本日の東京新聞朝刊に「試される憲法」という連続コラムに東大大学院教授の上野千鶴子さんの意見が寄せられていた。
人権無視を慣例化する象徴天皇制の一条、また軍事力による平和維持を目指す九条改正含めて、はたして憲法が国民を守るに値するものか含めて議論し、選び直す「選憲」の立場を唱える。「天皇制を維持するためにどこまでコストをかけるのか。戦後60年たって共和制はあらためて考えるべき選択肢だと思います」と憲法そのものの根本意義を読者に問いかける。

「試される憲法」と同じ紙面に、岡山のハンセン病国立療養所「長島愛生園」内にある教会の大嶋牧師が、聖書にある「らい病」(ハンセン病の旧称)の記載は誤訳だとして、出版社に働きかけ聖書の記述を改める活動を続けているとの記事が載っていた。
「らい病」と訳されている「ツァラアト」は「汚れているので、住まいは宿営の外でなければならない」と隔離を示唆する一節が聖書にあり、過去、罪の象徴とされてきた。大嶋牧師は「社会的差別を醸成したのは国の法や政策だけではない」、「誤訳も差別や偏見の遠因」だと呼び掛ける。

この二つの記事が同一の紙面に掲載されているのは東京新聞編集サイドの計略だろうか。もしそうだとしたら過激な紙面編成である。