浅野いにお『素晴らしい世界』(小学館サンデーGXコミックス 2004)全2巻を読む。
東京都区内の小田急線沿いの町を舞台に、生きる意味や目的を見失いがちな若者たちの姿をリアルに描く。
クラスから浮いてしまっている中学生や、周りがどんどん就職していく中でダラダラと日常を送るフリーター、いつまでも芽が出ない売れない漫画家、将来に明るい希望も見出せず勉強も捗らない浪人生など、社会への違和感や自身の存在への不安を抱える若者の群像劇となっている。
先日読んだ「ひかりのまち」とよく似ているのだが、こちらの方は最後は生きる熱意や生きることへの肯定的な結末で締めくくられており、読後感が大変良かった。アマゾンのレビューを見ると賛否両論あるようだが、タイトル通りの素晴らしい作品だった。
かつて自分が浪人生の頃に感じていた「置いていかれる」「進んでいかない」という、胸につっかえるような、将来の全てを司るような真っ黒い不安を思い出しながらページを繰っていった。出来得ることならば、20数年前の自分に渡したい一冊である。
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『世界の終わりと夜明け前』
浅野いにお『世界の終わりと夜明け前』(ビッグスピリッツコミックススペシャル 2008)を読む。
東京を舞台に、何かに自信を失っている、そして何かを信じている若者の姿を群像劇で描く。若者の孤独や閉塞に焦点を当てるが、そこに根拠のない希望がほのかに感じられる。カッコ良い言い方をすれば、「大きな物語」が信じられなくなり、愛や友情、自分の将来、自分の可能性、自分の力量といったあやふやなものしか信じられなくなってしまった「ポストモダン」な状況が描かれる。
おっさんになり、守るべき子どもができて、ローンに追われるマイホームがある自分が読んでもあまり共感しにくい世界であった。十九歳、二十歳、二十代前半の青年時代に読めば、もっと印象は変わってであろう。
『ひかりのまち』
『チェーザレ』
惣領冬実『チェーザレ—破壊の創造者』(講談社 2006~2008)の第1巻から第5巻まで読む。
マキャベリの『君主論』の中で理想の君主とされているチェーザレ・ボルジア(1475-1507)の生涯を、史実を踏まえつつ大胆に描く。大昔の世界史の勉強の中で聞いたことがある名前ではあったが、ただ文化史の用語として暗記しただけだったためか、あまり印象に残っていない。チェーザレは司教なのだが、分裂しているイタリア諸国家を束ねる政治家・策略家でもある。現在でも連載が続いている作品であり、第5巻まではチェーザレの学生時代の話であり、その策略家としての片鱗が描かれる。
ピサ大学での学生生活の細かい様子や、現存されていない当時の建設様式や壁画なども、大学の研究者のアドバイスを基に丁寧に描かれており、歴史の参考書として読むこともできる。






