轡田隆史『うまい!と言われる文章の技術』(三笠書房 1998)を読む。
朝日新聞の夕刊コラム「素粒子」を8年に亙って書き続けた著者による文章読本である。ただ情景を述べるだけで中身のない文章や一本調子でつまらない文章をちょっとした構成や表現の工夫で見違えるほどの名文になる実例が分かりやすく紹介されている。特に小論文において、「〜思う」が連続してしまうものに対してのアドバイスが印象に残った。
言葉を選ばなければ、人間としての己の心の動きを多面的に描くことはできない。「思う」のひとことだけでは、思考は同じ場所を堂々めぐりするだけで、ぐいぐいと上昇してはゆかない。もののとらえ方、考え方そのものが、乏しい語彙の中に閉じ込められてしまって一面的になり、自由に飛翔してゆかないものである。文章を書いて、論理がどうも一本調子で展開してゆかないと感じたら、心の働きを示す部分の言葉を選び直してみよう。
先刻の「心情を推し量った」を「心情を思いやった」と言いかえてみる。「功罪を考えた」を「功罪を分析した」とすれば、「考えた」と書いただけよりももっと積極的であり、心の働きを次の段階に押し進めてゆく弾みとなるにちがいない。考えの内容そのものが言葉を選択する面もある一方で、選択した言葉そのものが、考えを前へ前へと押し進めてもゆくのである。
まことに、言葉の力は偉大である。