「元文科次官 前川喜平さん × 城南信用金庫顧問 吉原毅さん」

本日の東京新聞朝刊に,同じ麻布中学・高校の同級生であった元文科次官の前川喜平氏と,城南信用金庫顧問で小泉純一郎元首相らと脱原発活動を続ける吉原毅氏の対談が掲載されていた。話は教育行政に留まらず,社会全体に警鐘を鳴らす事柄にまで踏み込んでいく。

その中で,吉原氏の次の発言が気になった。「時間短縮」「スピーディーな運営」という名のもとに,社会のあらゆる所で議論が無くなっていると感じる。結論ありき,マニュアルありき,規則ありき,前例ありきで議論そのものが無駄なものと捉える風潮が蔓延している。どげんかせんといかんね。

 当時(小泉政権時)は組織が生きていた。今は全然違って,政府の上から言われたことを全部やらないとダメっていう絶対服従みたいなことをやる。小泉さんは,僕も付き合いあるから言うけれども,決めたらドーンとやるけれども,その前に必ず意見を言わせるんですよ。
僕がびっくりしたのは,今原発反対をやってるんだけれども,小泉先生は違う意見を聞くんですよ。僕らなんかが「あんなの頭きちゃいますよね」って言うと,そんなことはない,民主主義なんだからいろんな意見があっていい,違う意見があってはじめて成り立つんだと。懐がでかいなと思ったんです。たぶん小泉政権は「万機公論に決す」で,最後は政治決着だというところがあった。今はいきなり結論ありきで,とにかく黙って従えと。この度量の狭さは,政府だけじゃなくて,現代社会に,いろんな企業も含めて組織体の共通の社会病理みたいになっている。
(中略)力で勝負とか問答無用とかね。言論しない,言論に重きを置かないでいきなり結論がある。別に安倍さんの悪口を言ってるわけじゃなくて,世の中全体がそうなってるのはどうしてだろう。不思議です。