浅井信雄『民族世界地図』(新潮文庫 1997)を読む。
著者は「民族」というのものは,単純に言語や宗教,血縁,文化などによって定義できないものであり,他民族との摩擦や衝突によって意識される観念的な後知恵であると述べる。そうした政治状況や経済状況によって容易に揺れ動く不定義なナショナリズムを頼りに,主に冷戦崩壊以降の89年から90年代前半にかけての世界各地で勃発した民族紛争が取り上げている。
ユーゴスラヴィアに始まり,アゼルバイジャンとアルメニアの対立やジョージアにおける南オセチア自治州の独立問題,ロシア内のカレリア共和国の独立,クルド人やジプシー,バスク人の運動など,アラブやスラブの定義などがわかりやすくまとめられている。また,ルーマニアの西側にあるモルドバ共和國や,アフリカ・エチオピアから独立したエリトリアなど,恥ずかしながら初めて存在を知った国もあった。
著者は既に鬼籍に入られているが,特派記者として世界を駆け巡った体験に根ざして,わかりやすく中立的に民族について紐解く語り口は大変心地よい。