経済学史 第4課題

長期期待と金融市場
 Keynesは,投資においても流動性選好においても,「期待」の持つ役割を非常に重視している。マクロ経済学の移動的均衡理論は,「将来に対する見方の変化が現在の状況に影響を及ぼすことのできる経済システム」であり,同時に,群集心理によって投資が過熱する賭博的市場である。
 「ビジネス決意の基礎」には「短期期待」と「長期期待」がある。資本設備を一定とした企業の毎朝の生産量決定は短期期待である。一方,主として将来の資本設備を追加するケースは長期期待に依存する。長期期待とは「確信をもって予想しうるにすぎない将来」全体に対する心理的期待の状態であり,市場が安定していれば,将来への投資動機としてプラスに働く。しかし,「確定的な変化を予想する明白な根拠はないにしても,現在の事態が無限に持続するという仮説が普段よりは些か怪しくなった異常な場合には,市場は楽観と悲観の波に曝されることになろう」と,投資市場への確信が僅かでも揺らいでしまったら,長期期待は土台から崩れてしまう。
 「投機家は,企業の着実な流れに浮かぶ泡沫としてならば,何の害も与えないであろう。しかし,企業が投機の渦巻の中の泡沫となると,事態は重大である。一国の資本発展が賭博場の活動の副産物となった場合には,仕事はうまくいきそうにない」と,マネーゲームに翻弄され世界大恐慌の引き金となったニューヨーク市場の実情に触れている。さらに,投資の発展と阻害の機能を併せ持つ投資市場のジレンマについて分析を加えながら,「一般的,社会的利益を基礎として計算することのできる国家が,投資を直接に組織するために,今後ますます責任を負うことを期待している」と述べ,市場に国家政策が介入することの重要性を説いている。

アニマルスピリッツ
 Keynesは上述の「投機の基づく不安定性」がなくとも「道徳的,快楽的,経済的とを問わず数学的期待値に依存するよりも,むしろ自生的な楽観に依存しているという人間本性に基づく不安定性が存在する」と述べる。さらに,「将来に影響を与える人間の意思決定は,我々の生まれながらの活動への衝動であって,我々の合理的な自己は,可能な場合には計算しながらも,しばしば我々の動機として気まぐれや感情や偶然に頼りながら,できる限り最善の選択を行っているのである」とし,Keynesは人間をアニマル・スピリッツをもって知性を駆使する存在であると定義づける。

ケインズの経済政策
 Keynesによれば,経済社会の欠陥は失業と富・所得の不平等であり,消費性向を高める所得分配政策と,利子率政策,投資のやや広範な社会化の3つの政策の必要性を提唱している。
 1番目について,Keynesによれば,完全雇用が実現するまでは資本の成長において低い消費性向は阻害要因であり,貯蓄は過大となっているから,消費性向を高める所得分配政策が有利である。そうすれば富の不平等が是正されると見ている。さらに,マネーメーキングの動機と私有財産制度は,価値ある人間活動の実現に必要であり,同時に危険な人間の性癖を緩和するためにも必要だと述べ,拡大しつつあった共産主義に牽制を加えている。
 2番目の利子率政策とは「利子率を資本の限界効率との関係において完全雇用の存在するまで引き下げる」政策である。
 3番目の政策として,公共事業政策こそが「完全雇用状態を確保する唯一の方法」だとする。ただし,政府の役割は「消費性向と投資誘因との間の調整を図るための中央統制」までであり,これを超えた「国家社会主義体制」は正当化できるものではない。

 Keynesは「もし我々の中央統制が,完全雇用に近い状態に対応する総産出量を実現することに成功するならば,この点から先は古典派理論が再び本領を発揮するようになる」と述べ,個人のイニシアティブを効果的に機能させる政府のあり方を提示する。
 世界大恐慌後、ナチスが独裁政権を作りつつあった欧州戦線を意識し、Keynesは次の言葉で『一般理論』を締めくくる。「個人主義は,他のいかなる体制と比較しても個人的選択の働く分野を著しく拡大するという意味で,とりわけ個人的自由の最善の擁護者である。また,個人主義は生活の多様性の最善の擁護者でもある。生活の多様性を失うことは画一的あるいは全体主義的国家のあらゆる損失の中で最大のものである。なぜなら,この多様性こそ,過去何世代もの人々の最も確実で最も成功した様々な選択を包容する伝統を維持するものであり…将来を改善する最も強力な手段だからである。従って,消費性向と投資誘因とを相互に調整する仕事にともなう政府機能の拡張は…現在の経済様式の全面的な崩壊を回避する唯一の実行可能な手段であると同時に,個人の創意を効果的に機能させる条件であるとして擁護したい」。

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