第87回直木賞受賞作、村松友視『時代屋の女房』(角川書店 1982)を読む。
大井町の駅前の小さい古道具屋「時代屋」を舞台にした人間ドラマである。内縁の女房が4度目の家出をしてしまい、一人残された古道具の中年の主人を巡る商店街の人たちとのささやかな交流が描かれる。印象に残る風景描写であったが、何が面白いのかあまり理解できなかった。
なお、同作品の他、同じく前年に直木賞候補になった『泪橋』も収録されている。こちらの方が何倍も面白かった。ひょんなことからホストになり、暴力団から追われ、江戸時代に存在した鈴ヶ森刑場へと続く涙橋(現:大田区立会川にある浜川橋)の商店街の一角で匿まわれ、1ヶ月後にこっそり姿を消し行方を眩ませた主人公の男性が、10年ぶりに涙橋に帰ってところから物語が始まる。契約社員という立場ながら、内縁関係の妻とのマイホームや子どもの誕生といった新しいステージに向かっていかざるを得ない「不安」や、10年前に居た土地を巡りつつ自分の本来の姿を探そうとする「希望」が巧みに描かれていた。また、スマホのGooglemapを片手に、旧東海道や鈴ヶ森刑場跡地の大経寺の場所を確認しながら読んだ。地図を見ながら、旧街道沿いの風景を想像する楽しみも味わうことができた。
こちらの作品の方が直木賞に相応しかったのでは?