1 身のまわりの景観
地理学とは,人々が居住する土地の自然環境や人文環境に対していかに適応しているのかを究明する学問である。すなわち,人間と場所との関わりを考えることである。人間は長い歴史の中で,生きていくために周囲の様々な地域資源を活用し,自分たちの生活環境を築いてきた。身の回り景観は,そのような人間の営為により生み出されてきたものである。したがって景観には,その地域で生活する人びとの価値観が投影されており,これを読み解くことによって,人間と地域との関わりを理解することが可能である。
地域との関わりといっても,現場第一主義で,実際に現地を訪れないと何も分からないということではない。日常の風景や観光写真一枚からでも,そこで生活する人びとの表情や服装,町並みの様子から,生活文化は伺えるものである。また,現地の歴史や地図,統計からの情報を加えると,表象に覆い隠された地域性を見いだすことができる。
人間は周囲の自然環境の制約を受けつつも,それを克服・改変しながら,自分たちの生活空間を生み出してきた。人間の手が加わっていない景観(自然)に人間活動が作用されて形成された景観(人文)を地理学では文化景観と呼んでいる。米国の地理学者Sauer,C.Oは,人間生活の総体としての文化が景観を生み出す営力として作用し,時間の経緯とともに景観が形成されるとした。身の回りの景観を注意深く観察することによって,地域と人間との関わりを知ることが可能である。近年では,景観が社会的に構築される過程に注目し,その主体の果たす役割に焦点をあてたり,景観が示す象徴的な意味を探求する研究が盛んに行われている。
日本でも1960年代以降,海水浴やスキーなどの野外レクリエーション,1980年代にはテーマパークやリゾート開発が盛んになり,観光地域が拡大してきた。しかし,1990年代半ばから,旅行支出が減り,安くて、近くて、短期間の旅行が好まれるようになり,観光産業の利益も減少した。一方,身近な都市や農村を訪れて,地域の豊かな文化や自然環境,景観そのものを楽しむ観光も見直されてきている。今後はこれらの観光を,そこで暮らす人びとを主人公とした地域づくりや地域の活性化に結びつけることが課題である。
2 フィールドを歩いて地域を地域を調べる
「地域の特徴を明らかにしようとする」地理学の課題に取り組むには,直接現場に出かけて調査する,いわゆるフィールドワークが欠かせない。
それぞれの地域には,その土地の自然や歴史と深く結びついた人びとの暮らしや生業がある。住民の暮らしぶりは地域によって異なっており,それゆえ土地に生きる人びとの様子を知ることによって,地域の特徴を明らかにすることができるようになる。
ある地域で人びとはどのような暮らしをしているのか。その様子はその土地固有の景観にあらわれることが多い。ビルや商店などが密集した都市の景観,農家や農地が目立つ農村の景観など,いずれも地域の特徴をつかむ重要な手がかりになる。ここでいる「景観」とは,地形や植生などの自然環境とともに,地域で暮らし,そこで活動する人びとによって作られた建築物や土地利用を合わせた総体を示す。ただ,漠然と現地を歩いただけでは地域の特徴を捉えることはできない。事前にインターネットで初歩的・基本的な情報を得ておいたり,新聞や書物などで現地の抱える問題(過疎化や環境破壊,言語や宗教など)を整理しておいたりしておきたい。また,日本国内であれば,市町村などの公的団体のサイトを利用することによって,地域の歴史や産業など多面的に,かつ即時的に把握することが可能である。
また,地域に住む人びとの暮らしぶりは,住民から直接話を聴くことによって,さらに詳しくわかってくる。商店や工場,農家や学校の人びとの生活を知るための資料を得ることができる。さらに地域の人びとに対して聞き取り調査を行うことによって,彼らの具体的な生活の様子がわかり,それが地域の特徴をとらえることへと進んでいく。聞き取り調査も単なるおしゃべりに終わってしまっては,他者理解以上の地域生活の理解には繋がらない。フィールドノートを持参したり,記録や統計などを用いたりして,生きている社会調査にまで踏み込みたい。
参考文献
『新編詳解地理B』(二宮書店 2013)
高橋伸夫他『改訂新版ジオグラフィー入門』(古今書院 2008)