雨宮処凛『雨宮処凛の「オールニートニッポン」』(祥伝社新書,2007)を読む。
リーマンショック前の就職難が続いて、30代になっても派遣やフリーターから抜け出せないプレカリアート世代の対談集となっている。湯浅誠さんや松本哉さん、赤木智弘さん、大槻ケンヂさんなど、当時30代前半を中心とした方たちと自分たちの境遇や社会について自由に語っている。
印象に残ったのは雨宮さんの次の発言である。共感するところが大きい。
95年のとき20歳だったでしょう、私たちは、あれがすごいおおきかったんですよ。阪神大震災とオウム事件と戦後50年が重ならなければ、私は絶対右翼に行かなかったと確信しています。あそこで価値観とか戦後の物語が崩れた。(中略:阪神大震災・オウム事件)の上に戦後50年がきたので、「戦後日本の誤り」みたいのを1月と3月に思いきり突き付けられた上で、戦争の映像がガーンと8月に来るわけですよね。(中略)
この辺の世代論ってあまりないですけど、面白いと思うのは、同い年で何かを書いたり、ものを言ったりしている人って、みんなフリーター問題が背景にあるんです。松本哉さんもそうだし。
ちょうど、私の卒業論文も1995年のオウム事件とや靖国問題から始まっているので、興味深かった。
また、大槻ケンヂさんは次のように述べる。
僕は高校を卒業してデザインの専門学校へ入るのですが、1学期で課題が追いつかなくなってやめてしまって、それから2浪したんですね、その浪人時代が、浪人といってもほとんど勉強なんかしてなかったから、あのころはニートといってもよかったですね。若い時期には1年とか2年とか、ニートみたいな時期があったほうがいいような気もする。「何やってんだ、おれ」という時期。あの時に精神が培われているような気もします。