大平光代『だからあなたも生き抜いて』(講談社 2000)を読む。
作者は中学2年のときにいじめ自殺を図り、その後非行に走り、極道の妻を経て、29歳で司法試験に一発合格した異色の経歴の持ち主である。プライバシーに配慮しすぎたためか、事実関係を端折っている場面が多かったが、努力の押し売りを控えた表現で、素直に読むことができた。司法試験に合格した際に、背中の大きな刺青を消したらどうかという助言をめぐっての彼女の台詞が気に入った。
今までのことを全部消し去って、何もなかったようにのほほんと暮らすというのはちょっと違うと思うんです。過去にしてきた事実は事実として、一生背負っていくものだと。背負ったままの私で、何か世の役に立つことはないかと。そう思って、消さずにいたんです。
この大平光代の言葉を読んだ時すぐに私は文学者中野の言葉を思い出した。中野重治は1934年「転向」宣言による出獄後、すぐに『文学者に就いて』の中で以下のように述べる。
弱気を出したが最後僕らは、死に別れた小林(秀雄)のいきかえつてくることを恐れはじめねばならなくなり、そのことで彼を殺したものを作家として支えねばならなくなるのである。僕らは、そのときも過去は過去としてあるのであるが、その消えぬ痣を頬に浮かべたまま人間および作家として第一義の道を進めるのである。
大平光代の上記の言葉は、「転向作家」のレッテルを否定することなく、文学活動にまい進していった中野の姿となぞらえるに、非常に強い決意表明だと受け止めた。