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酒田短期大学

4月12日付けの東京新聞で酒田短期大学の問題が特集されていた。
同短大を経営する瑞穂学園自体がかなりずさんな学校経営を行なっていたようだ。同法人は、福岡で不登校の生徒や中国からの留学生を積極的に受け入れている私立高校や専門学校も経営している。同短大は66年に開校し、これまで約3000人の卒業生を送りだしているのだが、最終学歴というのは日本では終生つきまとうものなので、卒業生はさぞかし肩身の狭い思いをしていることだろう。また私立学校の経営は法人単位で行なっているので、同法人が経営する他の学校に問題が波及していく恐れがある。

それにしても今回は何が一番問題になっているのかよく分からない。確かに奨学金の流用や、学費の払える中国人を優先的に合格させていた不正入試は学校法人としてあるまじき行為である。しかし中国人留学生の首都圏への移住は大学だけの問題ではない。文部科学省自身アジアからの留学生が最近アメリカへ流れてしまっていることに危惧し、10万人の留学生受け入れ政策を打ち出しており、この手の問題が発生することは必至であっただろう。またマスコミの報道もかなり一面的である。多くのマスコミが多数の中国人留学生が風俗産業に従事していたと差別排外主義的に報じている。不況下の中での外国人バッシングがどのような影響を及ぼすのか、過去の歴史をひも解いて見れば一目瞭然である。瑞穂学園の法人団体としての不正と、それ以外の問題は分けて考えてみるべきである。

横浜市長選挙

過日行われた横浜市長選挙に弱冠37歳の中田宏氏が初当選した。
石原慎太郎と同様、政治不信を政党不満に求める層の獲得に成功した例である。埼玉版の新聞しか読んでいないので詳細は不明だが、いまいち彼の持ち味が見えてこない。現市長の建設省OB高秀氏よりは「まし」だが、ハコモノにこだわったみなとみらい21地区や無駄の多い環状道路建設などどのように扱っていくのだろうか。中田氏自身国や議会と喧嘩するのは大変だと述べているが、横浜市は神奈川県とは対等以上に喧嘩をできるので、瀬谷区の米軍補給地区など県全体に点在する基地問題に対する取り組みを期待したい。間違っても石原都知事のように自衛隊の演習に積極的になるべきではないが。

  横浜市長 中田宏 公式サイト

暴走族追放条例

本日広島で「暴走族追放条例」が可決された。
「条例案は禁止行為として、公共の場で許可を得ず、公衆に不安や 恐怖を与えるような集会などを挙げて」おり、「暴走族の背後に控える 「面倒見」の存在を念頭に、集会の指示・命令も禁止した。さらに、市が管理する公共の場で、暴走族が特異な服装で円陣を組み、旗を立てるなどし、市長の中止・退去命令に従わない場合、六月以下の懲役または十万円以下の罰金を科す」という。

この記事を読む限りではこの条例は拡大解釈がいくらでも可能な悪法である。そもそも「暴走族」という語からして定義は曖昧である。「警察24時」的なドキュメンタリー番組で報道されている「暴走族」のイメージを想起しがちであるが、辞書には「グループでオートバイや自動車を乗り回し,他人に迷惑をかける者たち」としか載っていない。また「特異な服装で円陣を組み、旗を立てるなど」の行為とあるが、運用を誤れば様々な団体に適用が可能である。この条例は憲法に定められた表現・集会の自由を侵害している。詳しい情報が入手出来ないのが残念であるが、破防法に似た恐ろしい法案である。

昨日の東京新聞夕刊より

昨日の東京新聞の夕刊の「世界の文学」というコラムに詩人佐川亜紀さんの文章が掲載された。
その中で韓国の労働者の詩を紡ぐ朴ノへが紹介された。日本、アメリカ、北朝鮮と多くの国家の論理に翻弄された韓国の労働者を真摯に、そして暖かく見守る視点が多くの読者の共感を生む。現在の日本にはプロレタリア文学が成立する余地がない。その背景には共産党の文化政策の貧困さが挙げられるが、一方で詩という極めて素朴な文学を変に高尚なものとしてしか紹介されない学校国語教育の貧困さも同時に指摘されなければならない。ここで一つ朴ノへの「もう一度」という詩を紹介したい。

希望に満ちた人間は
彼自身が希望だ
道を探す人間は
彼自身が道だ
ほんとうに良い人間は
彼自身がすでに良い人間だ
人間の内に存在している
人間から始まる
もう一度
人間だけが希望だ

正解なき政界の動き

先日鈴木宗男議員と加藤紘一議員の2名が自民党を離党した。そのような自民党のごたごたに際して、必ず野党第一党の民主党の鳩山代表のコメントが出てくるが、いかんせん力がない。今回も「野党激怒!!」などの見出しが出て、「万死に値する」とのコメントが取り上げられているが、いくら語調を強くしたところで国民に訴えるだけのインパクトはない。

社民党が労組との関係を薄め、市民団体にシフトを移しつつある今、私自身は支持はしないが、民主党は新しい労働組合の在り方を模索する中での国家的枠組みでの「民主中道」路線を突き進むチャンスである。まだまだ党の中には良心的な議員もいる中で、くすぶってしまっているのは残念だ。