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オスプレイ自衛隊導入

本日の東京新聞朝刊の一面に、大きくオスプレイの自衛隊導入検討という記事が載っていた。記事によると、民主党政権の時に、森本敏前防衛相が検討を指示し、自民、公明の連立政権も日米同盟強化の観点から引き継ぐことを決めたとのこと。

12月26日付けの東京新聞夕刊には、オスプレイに関して、人口密集地上空での飛行や米軍施設・区域外での垂直離着陸モード飛行、午後十時以降の深夜飛行などの、日米合意に違反する危険な行為が318件にも上るとの記事が掲載されたばかりであった。
安倍自民党政権はせんかく諸島における中国側の領海侵犯と同じレベルで、日本国内での米軍の横暴を指摘しない限り、軽々に「国益」という言葉は使えないであろう。

朝鮮学校への高校授業料無償化

12月29日付けの東京新聞朝刊に、下村博文文科大臣の朝鮮学校への高校授業料無償化についてのコメントが掲載されていた。
記事によると、拉致問題や朝鮮学校の人事や財政に朝鮮総連の影響が強いことを懸念し、会見下村文科相は、「子どもには罪はなく民族差別をするわけではないが、拉致問題や国交回復という一定の問題が解決された後に考えるべき問題」と述べたようだ。

朝鮮学校に対する高校授業料無償化に関する一連の流れを見て思うのだが、担当の知事や大臣は朝鮮学校の現状を分かっているのであろうか。もちろん、「教育の自立」という観点から、朝鮮総連の場当たり的な影響は排除されねばならない。
しかし、下村文科相の言う「国交回復が解決された後に考えるべき問題」というのは、日本政府の施策のもとに行われた侵略戦争や強制連行の歴史を踏まえた発言ではない。むしろ日本に残らざるを得なかった朝鮮国籍の方々のケアを政府の責任で十全に行った上での国交回復ではなかろうか。

いずれにせよ朝鮮学校の実態が意図的に隠蔽されたまま、数年前のチマチョゴリを着た生徒に対する暴行といった事件が起こらないことを願うばかりである。

ゴジラ引退

本日の東京新聞夕刊に、日米の野球界で活躍した松井秀喜外野手の引退が報じられている。巨人では「紳士」たる態度を保ち、米野球でも「真摯」に野球に打ち込んだ姿は、野球だけでなく他のスポーツやビジネスの世界でも参考になるところが多かった。

松井選手が甲子園で活躍したのは1992年の夏だった。松井選手の引退の記事を読みながら、自分自身の1992年の夏を振り返ってみた。当時は伊勢原市に住んでいたが、定食屋のテレビで甲子園のニュースや日本シリーズを見ていた記憶が残っている。まだJリーグが始まる前の年であった。松井選手の5打席連続敬遠とヤクルト杉浦選手の代打さよなら満塁ホームランと、スポーツは野球一色の時代であった。

来年で私も不惑を迎える。人生の折り返し地点を回った最近は、長く活躍したスポーツ選手や芸能人に自分の人生を準えるようになってきた。あの夏からずっと松井選手は第一線のスポーツ選手として活躍し続けてきたのだ。あの夏からずっと。。。

猪瀬直樹「言葉の力」

本日の東京新聞朝刊に、作家である猪瀬直樹都知事「言葉の力」についてのインタビュー記事が掲載されていた。オリンピックやエネルギー政策といった政治的課題ではなく、若者の言葉について訊ねるという、東京新聞社会部ならではの「にくい」企画である。

就任後、猪瀬都知事は庁内すべての局にツイッターのアカウント持つように指示を出したとのこと。140字という制限の中で文章を練ることで「5W1H」を踏まえた正確な表現が身に付くようにとの配慮である。石原前知事も猪瀬知事も役所特有の言葉やカタカナに染まっては市民感覚から離れていくとの危惧があるようだ。また、猪瀬知事は私立を含めた都内の高校全部に「ビブリオバトル」という書評合戦への参加を働きかけるそうだ。詳細については触れられていなかったが、本を読む、作者や時代について調べる、心理を考える、要点をまとめる、そして発表するという言葉の総合格闘技のようなイベントと想像する。猪瀬氏の政治的スタンスは好きではないが、彼の言葉に対する姿勢は大変共感できる。

話は異なるが、都知事の政策に「右にならえ」の上田埼玉県知事もいつ猿真似−ビブリオバトル埼玉大会−を始めるやもしれない。少し研究しておく必要がありそうだ。
猪瀬氏は若者のコミュ二ケーションについて次のように述べている。高校の国語教師として突き刺さるような指摘である。丁寧に引用してみたい。

本を読むことは聞くこと。ずっと集中して聞いていくと、本当にしゃべることができるようになる。若い人はすごく言葉の感度がいい。ただ、それが意識化されているかどうか。意識化するのが言葉。例えば、自分がなぜファッションを着ているか、意味を説明できるかが重要。自分とは何か、言葉でどこまで意識化したかということになる。 自分の長所はなかなか見つからないが、短所がすぐ見つかる。実は、短所は自分の個性なんです。それを言葉にしていく。短所を長所として認識していく過程が大事なのです。 そのためには、本を読まないといけない。シェークスピアにも源氏物語にも、過去の本にだいたいのことが書いてある。自分が新しく思い付いたことはそんなにない。そこで一つでも新しいことを付け加えられれば、自分が出来上がる。読みもしないで、初めから自分に何かあると思うのは幻想で、人の言葉でしゃべっているだけ。自分をつかまえるには、過去に使われた言葉を整理する必要がある。

『イキガミ』

地上波で放映された、瀧本智行監督『イキガミ』(2008 東宝)を観た。
どこかで観た映画なのだが、どこで観たのか思い出せない。映画館で観たら必ずHPに記録してある筈なのだが、検索しても出てこない。もしかしたらオーストラリアの海外研修の飛行機の中で観たのかもしれない。

1000人に1人が国家のために犠牲になることで、国家への忠誠心と人生への前向きな意欲を促進する「国繁維持法」を巡る話である。戦前の治安維持法や戦争中の「赤紙」を連想させ、政治的な意味合いもうまくテイストされている。TBS製作らしく、他にも主題歌の効果的な用い方といい、感動の場面といい、よくまとまった映画であった。役者の演技も及第点で文句のつけようがない。しかし、あまりによく出来すぎているために、かえって印象に残らない映画になってしまったのかもしれない。