樋口敬ニ『氷河への旅』(新潮選書,1982)をパラパラと読む。
著者は京都三高、北海道大学を経て、長谷大学水圏科学研究所の教授を務めていた方である。専門は氷雪物理学であり、本書も氷河の研究で世界各地に出かけた際の諸々がまとめられたコラム集となっている。
ほとんど読み飛ばしたが、エベレストの高さが8,848メートルについての話が興味深かった。エベレストの高さは、対流圏界面の上空10000メートルに近く、造山運動による隆起と風化による侵食の相互作用によって決まっているのではないかと疑問を呈する。対流圏界面とは、地面近くの対流圏とその上にある成層圏との境目で、地上から昇った空気はここで一応止められる。いわば大気の天井である。その高さは熱帯で高く、極で低く、季節によって変わる。エベレストのあたりでは、冬に1万メートルの高さにある。
圏界面の上では水蒸気が少なくなり、雲もない。そのため、エベレストに降り注ぐのは、雲に遮られることのない”裸の太陽光線”である。岩肌は昼に温められ膨張し、夜になると岩の放射冷却を遮る雲もないので、岩肌は急速に冷やされる。こうして昼と夜で加熱と冷却がはげしく繰り返されると、岩石についた雪が昼に溶けて割れ目に浸み込む。夜に水が凍って膨らみ、割れ目を拡大する。
造山運動によってじわじわ盛り上がってきたヒマラヤの高嶺は、この圏界面付近の激しい風化作用で削られる。かりに直径10センチの頂上の浮石が崩れ落ちれば、100年分の営々とした上昇量を失うことになる。