秋山秀一『秋山秀一の世界旅』(八千代出版 1999)を読む。
地理学者で、現在東京成徳大学観光文化学科長を務める著者の旅コラムである。
世界70カ国を旅した著者が、世界の都市の文化や風景、オススメスポットに加え、旅の準備や心構えを語る。
ブログ的な軽妙な内容で話の重複も多かったが、帝国書院の地図を片手に世界良好気分を味わうことができた。
月別アーカイブ: 2014年12月
「フィジカルの逆襲」
Podcastで配信されえている、文化系トークラジオLife「フィジカルの逆襲」(TBSラジオ 2014年10月26日放送)を聞いた。
インターネットが普及して20年近く経ったが、メインパーソナリティのcharlieは、これまでの「デジタル、バーチャル、多極化」の一辺倒な流れから、「アナログ、リアル、一極化」の動きが出ていると指摘する。
これまで避けられつつあった、会社仲間でのスポーツやゲームセンター、ライブなどが注目を集めているという。交通費や用品代を使い、身体を使って他人と共に汗を流すといった面倒臭いイベントに、SNSを使いこなす若者が興じる現象を社会学的に分析している。
「参加、賞賛、達成感」といった、学校教育の現場においても役立ちそうな話もあった。
時間があれば、もう一度聞きなおしてみたい。
『国語教室』
大修館書店から教員向けに刊行されている『国語教室』の第100号(2014年11月25日発行)をパラパラと読んだ。
100号記念の「私はこう考える これからの国語教育のために」と題した特集が興味深かった。思想家の東浩紀氏、姜尚中聖学院大学学長、詩人の小池昌代さん、精神科医の斉藤環氏、劇作家の竹内一郎氏、評論家の宇野常寛氏、元アスリートの為末大氏、女優の中江有里さん、俳人の長谷川櫂氏、社会学者の古市憲寿氏、計10人の方がコメントを寄せている。
それぞれの立ち位置から、東氏は「初等教育に論理的文章を書く機会を取り入れるべきだ」と延べ、姜尚中氏は「新たな外国語あるいは翻訳語の拡大・浸透に柔軟に対応する国語教育」の必要性を強調し、また、古市氏は「現代社会にそぐわない手書きを廃止せよ」と述べる。身体論や非言語情報、コピペ術など、国語教員の発想とはかけ離れた視点からの提案が面白かった。
長谷川氏は「言葉は通じない」と断言し、宇野氏は「お役所的建前や世間的体裁から自由であり得る領域が、世界には、文化空間には存在し得ることを制度的に教え得る数少ない機会が国語の時間だ」と言う。
どうしても「文学教育」「古典教養」という呪縛から逃れられない国語教員にとって、「言語能力を育てる教科」という国語科の目標を改めて理解するよい「材料」であった。
『鳥取雛送り殺人事件』
内田康夫『鳥取雛送り殺人事件』(中央公論社 1991)を読む。
名探偵浅見光彦が活躍するシリーズである。
年末に出雲大社を参詣しようと計画しており、鳥取や島根に纏わる作品をと思い手に取ってみた。
鳥取県の用瀬にある流し雛の館や若桜の鬼ヶ城跡の写真をGoogleMAPで確認しながら、一時の旅行気分を味わった。
物語自体は、古い神社の言い伝えや怨念といったイメージで誤魔化されてしまったような感じで、あまりワクワクするような展開ではなかった。
レポート24本終了!
先程、コピー用紙が底をついたので、コンビニのコピー機で最後のレポートを印刷してきた。
やっと24本のレポートを仕上げることができた。最終試験に間に合うためのレポート提出の締め切りが12月2日だったので、ギリギリのタイミングであった。
まだこれから最終試験となるのだが、3月に作成した24本のレポートの山が片付いて、じわっとした安堵感に満たされている。
しかし、出来栄えについては決して納得の出来るものではなかった。10月下旬から11月末まで、これまでの人生で一番忙しいと思うほど仕事が立て込んで、参考文献を読むどころではなかった。最後の日本史・東洋史もほとんど参考文献を読まずに、電子辞書を頼りに辿々しい文章でマス目を埋めただけであった。
こうした経験を反省材料に、今度の試験では挽回を期したい。ちょうど東洋史は清代、日本史は近現代と時代が重なる。幕末から日清戦争、辛亥革命までの流れを丁寧に押さえながら、日中関係史をきちんと学び直したい。これからの1ヶ月半を充実したものにしたい。


