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本日の夕刊から

本日の夕刊の東京新聞の匿名コラム『大波小波』の文章が気になったので引用してみたい。
「私はあなたを支持しない、だけどあなたが発言する自由は守る」という言葉があるが、常に憲法に立ち返ってリベラルであり続けることが大切なのであろう。

中山成彬国土交通相が辞任した。それはまあ当然。「日本は随分内向きな単一民族(そもそも意味がよくわからない)」やら成田国際空港反対闘争についての「ごね得」発言は、政治家としてあまりに不見識な発言だ。とても浅くて軽い紙のような思想が透けて見える。こちらが恥ずかしくなる。政治家としてというよりも、人としてどうなんだろうと思う。
ただし「日教組は日本の教育のがんだ」や「日教組をぶっ壊すために火の玉になる」などの発言に対して、「結社や集会の自由を保障する憲法21条に抵触している」として批判する論調(かなり見受けられた)については、僕は違和感を抱く。居丈高になれない。憲法21は、結社や集会と並んで、「言論、出版その他一切の表現の自由」を保障している。たとえ政治家といえど、その自由を妨げられてはならない。紙のように薄くて不勉強で浅い思想信条だとしても、これを表明する自由は保障されねばならない。
もちろん閣僚(公人)としての不適格さや思想信条の偏狭さは論議されねばならない。徹底的に批判されるべきだ。ただし憲法をだしにすべきではない。封殺されるべきではない。その刃はきっとこちらに向かう。(谺返し)

本日の東京新聞

本日の東京新聞に民主党小沢一郎代表の「国替え騒動」の記事が載っていた。
新聞記事によると、鳩山由紀夫幹事長がテレビ番組で、小沢氏が次期衆院選で立候補する選挙区について「岩手からは出ない」と断言したそうだ。しかし、私は、記事のタイトルの「岩手からは」の「は」を読み落としていて、小沢氏はやはり「岩手から出ない」のかと思いながら記事本文を読んでしまった。何か話の辻褄が合わないなと思い、もう一度タイトルの「岩手からは」を読み返しやっと合点がいった。
「は」という助詞は「出ない」という文末に係ってくる係助詞なのだが、日本語のややこしさ改めて実感した。

「大波小波」

古い新聞記事から。
先月7月24日付の東京新聞夕刊の匿名コラム「大波小波」が気になった。
朝日新聞社発行の『論座」が休刊という事態から、雑誌の世界のおける「右傾化の勢い」を危惧し、さらに『論座』の前身でもある『朝日ジャーナル』を支持した団塊世代が、硬派雑誌にそっぽを向いているだけでなく、社会そのものから目を背けている現状を憂えている。おそらくはこの文章を書いている当人も50代後半なのだろう。

 朝日新聞の硬派オピニオン誌『論座』が9月1日発売予定の10月号をもって休刊するという。「雑誌不況の波は看過しがたく、インターネットという新しいコミュニケーション・ツールも浮上するなかで、従来の総合誌という形は一定の役割を終えた」と休刊のあいさつで薬師寺克行編集長は書いている。
しかし、そんな状況は、雑誌メディア全てが直面する宿命ではなかろうか。たとえ赤字であっても社の顔として死守する気があるのかないのかが問題である。残念ながら『論座』はその器にあらずと判断されたらしい。問題は一雑誌の休刊に留まらない。『正論』『諸君!』という保守派の論壇誌に対抗する、リベラル派の布陣の一角が消滅するのである。
残るリベラル派は『世界』だけか。こうなると各紙の論壇時評の担当者はネタ不足、というよりネタの偏向に悩むことになりそうだ。右傾化の勢いはいよいよ止まらない。かつて全共闘時代は「右手に(朝日)ジャーナル、左手に(平凡)パンチ」と言われたものだ。青春時代に新左翼思想の洗礼を受けた彼らも、今はいっせいに定年退職を迎えている。彼らは一体何を読んでいるのか。雑誌を読むより、唯我独尊のブログを夢中で書いているのかもしれぬ。

中村梧郎氏の記事

まだ古い新聞に目を通している。8月5日付の東京新聞朝刊に『母は枯葉剤を浴びた』(新潮社)の著書で有名な報道写真家中村梧郎氏の記事が掲載されていた。
ベトナム戦争で米軍は北ベトナムに食料を断つために枯葉剤を撒いたのだが、その枯葉剤に含まれていたダイオキシンが土壌から海に流れ出し、その汚染された魚介類を食べた人体に蓄積し、熱病を発症したり、子どもや孫に奇形児が生まれてしまうという事件である。
中村氏の話によると、現在も孫世代において口唇症や足が曲がる奇形、指がくっついたままの合指症などに苦しむ子どもが多数いるということだ。米軍は62年から10年間で9万千キロリットルにも及ぶが、当時のメディアは米軍の加害行為を報じなかったため、ベトナム人が被害を受けたことすら知らない米国人も多い。
中村氏は最後にこう述べる。「ダイオキシンは慢性毒性。微量でも蓄積され、被害が表れるのは何十年後なんです。」

何か文章が変。夏風邪のせいで頭がぼーっとしているせいだろう。

□ 中村梧郎(なかむらごろう)のウェブサイト Welcome to Goro Nakamura’s Website □

本日の東京新聞夕刊

現在北京オリンピックの開会式を見ながらパソコンに向かっている。
先程からテレビ画面では延々と選手入場が続いている。過去最多の204の国と地域が参加しているそうだが、世界にはこれほどの国があったのかと驚かされる。白人の国かと思っていたらアジア人の顔つきをした選手が行進していたり、同じイスラム教国といっても、様々な衣装をまとって民族が三日月と星で構成されるイスラム教の国旗の後を歩いている。
入場行進を見ながら、いかに自分が偏狭な世界地理の知識しかなかったのかと思い知らされる。

本日の東京新聞夕刊に『はだしのゲン』の作者中沢啓治氏のインタビューが載っている。中沢氏は次のように答えている。

(『はだしのゲン』を描いた動機として)家族を全滅させた原爆に対する怒り、原爆を呼び込んだ戦争や戦犯に対する怒り。ぼくは天皇の責任を問わない限り、戦争責任は解決しないと思っています。それから戦争で核兵器の実験をした米政府への怒り。それまで無意識に抑えてきた怒りが噴き出た。

(中略)平和に暮らすためには憲法9条を絶対変えさせない。どれだけ犠牲を払って日本人が手にしたか。これを大事にしろよー、そこに尽きます。憲法改正という不穏な動きが出ている今、ぼくらみたいな漫画家やジャーナリズムが、絶えずこの問題に関心を持って取り組まなければ、いかに見せるか工夫も必要。伝えるってことは本当に難しい。

また、同じ東京新聞夕刊の文化欄に、「政治と切り結んだ現代知識人 ソルジェニーツィン氏を悼む」と題した文章が載っていた。ソルジェニーツィン氏は『収容所群島』などの作品で知られ、旧ソ連の独裁体制を世界中に知らしめた作家である。
その後、ソルジェニーツィン氏は国を追放され、米国に移住したので、西側の自由経済・民主主義に与していたのかと思っていた。しかし、彼は78年にハーバード大学の卒業式講演に招かれた際、辛辣に米国の法律万能、ルネサンス以降の理性偏重を批判している。旧ソ連が15カ国に瓦解した際、彼は民族自決、宗教の自由を重んじ、その分割をエリツィンに提案していたそうだ。
まだまだ続く北京オリンピックの入場行進を見ながら、彼の先見性の鋭さに驚かされる。

寄稿したのは早大名誉教授、ロシア文学専攻の川崎浹氏である。懐かしい名前である。私の大学時代のロシア語の先生である。半分くらいしか授業に出ず、試験もさっぱりだったのに、なぜか単位だけは取れた、ホトケの川崎先生であった。